真田家の家紋の「六文銭」と「結び雁金」。「三途の川の渡し賃」を意味するといわれる六文銭は真田家のシンボルで、一族が死をも恐れない集団であることを示した。蓮華定院で撮影(撮影/写真部・東川哲也)
真田家の家紋の「六文銭」と「結び雁金」。「三途の川の渡し賃」を意味するといわれる六文銭は真田家のシンボルで、一族が死をも恐れない集団であることを示した。蓮華定院で撮影(撮影/写真部・東川哲也)

 大河ドラマ「真田丸」で脚光を浴び、歴史ファンからは根強い支持を得ている武将・真田幸村。なかには、幸村をきっかけに人生が変わったという人もいる。

 会社員から歴史プロデューサーに転身した早川知佐さん(39)も、幸村から人生にとって大切なものは何かを教えられた一人だ。

 幸村を知ったのは20代半ば。都内の書店に勤めていて、新たな店舗を立ち上げるという大きなプロジェクトを任されていた。しかし、想像以上に大変で、肉体的な疲れだけでなく、精神的にも追い込まれた。そんな時、偶然手にしたのが『真田太平記』だった。

 本当に大事なことのために這ってでも生き抜き、ここぞという時に命をかけるものだ──。

「死んだら何もできない。誰に何を言われようと、どんなにみっともなくても生き抜くことが大切。命をかけるべきは今の会社ではないと、冷静に判断できました」
 
 06年に書店を退社し、歴史の楽しさを多くの人に伝えたいと思い翌年、歴史プロデューサー「六龍堂(ろくりゅうどう)」として活動を開始。「歴女」の立場で、各地のイベントなどで歴史の面白さを伝えたり、地方活性化をプロデュースしたりする。08年には、幸村への熱意が評価され、信州上田観光大使にも任命された。

 今も早川さんは、仕事などで迷った時、幸村に「どうしたらいいですか」と問いかける。結局、「お前のやりたいようにやればいいじゃないか」という答えしか返ってこないが、それでも背中を押され前を向いて頑張れるという。

 幸村の生き方や手紙からは、思いやりがあって、優しそうな性格が読み取れるという。そして彼を慕って大坂の陣で命がけで徳川方と戦った武将たちのことを考えると、幸村は人間としてもすごく魅力的なのだろうと思う。もし、目の前にいたら?

「絶対に好きになります!」

AERA 2016年5月16日号より抜粋