熊本大地震は「前例」あった “17世紀と酷似する”地震パターンとは (2/3) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

熊本大地震は「前例」あった “17世紀と酷似する”地震パターンとは

このエントリーをはてなブックマークに追加
AERA#地震
さまざまな古文書に、日本列島が震えてきた歴史が克明に刻まれている。地震が時の為政者の運命を左右することもあった(撮影/写真部・大野洋介)

さまざまな古文書に、日本列島が震えてきた歴史が克明に刻まれている。地震が時の為政者の運命を左右することもあった(撮影/写真部・大野洋介)

 さらに「浄信寺興起録」という記録には「大地震動す。山鳴り谷応え」とあります。ゴーゴーと不気味な地鳴りがして、谷でこだまするような状況だったのでしょう。城の石垣や櫓が壊れ落ち「死傷するもの無数」、都会だった八代の町が「たちまち荒陵と変ず」とあります。おそらく震度6強ないし7の非常に強い揺れと余震で、城下は6時間の断続する揺れで消滅したと思われます。

 ちなみに熊本では、記録に残る最も古いものとして、744年、天平時代にも大地震が起きたことがわかっています。今回の地震を起こした布田川(ふたがわ)と日奈久(ひなぐ)の二つの断層帯は数百年単位で激しく動いているのです。

 さらに私が今回、注目したのは当時、豊後(大分県)竹田を治めていた岡藩中川家の「中川史料集」の記述です。八代の麦島城の天守閣が崩壊した同じ日、同じ午の刻に「岡大地震御城中所々破損」とあります。これは竹田の岡城が地震で崩れ破損したことを意味します。つまり、熊本が揺れ、その6時間後には、大分竹田の断層も、城を壊すほど激しく動いたのです。今回同様、熊本の地震が大分にまで広がっていた可能性が高いのです。

 東北で震災が起き、その数年後に熊本で都市そのものが壊滅するような地震が起き、その地震が大分にまで広がった。つまり、今回と非常に似通った地震活動が400年前に起きていたとみるのが自然です。


トップにもどる AERA記事一覧

おすすめの記事おすすめの記事
関連記事関連記事

あわせて読みたい あわせて読みたい