総務省版の指数が15年半ば以降、上昇率ほぼゼロで推移している最大の要因は、原油の国際価格の大幅な下落だ。このおかげでガソリン代や電気料金が安くなり、指数全体を押し下げた。バスや電車の便が悪くマイカーが欠かせない地方に住む人や、大家族で電気の消費量がかさむ人への恩恵は大きい。ただ、そのような人たちも含めて大半の消費者は、CPIナウが示す「日々の買い物の時の負担感」によって物価に対する印象を左右されがちだ。

 インフレによって生活は苦しくなった──。少なからぬ人が抱く感想だろう。それなのに、政府と日銀が2%の物価目標にこだわるのはなぜか。

「インフレには良いものと悪いものがあります」

 ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎経済調査室長はそう指摘する。

 景気回復に伴ってモノやサービスへの需要が高まると、それらを供給する企業は価格を引き上げる。企業のもうけは増え、働き手の賃金も上がる。家計が潤えばさらに消費が増え、価格上昇が続く。これが良いインフレだ。戦後の高度成長期が代表例。政府と日銀が目指すのもこんな好循環だ。消費増税による価格上昇は原則として企業のもうけにつながらないので、好循環には直結しない。

 それでは悪いインフレとは何か。円安や、輸入に頼る原油といった資源価格の上昇によってコストが上昇する分、企業は価格引き上げを迫られる。しかし需要の拡大を伴わないため、企業のもうけは伸びず、働き手の賃金も増えない。物価上昇によって家計の所得は目減りし、消費が鈍る。やがて企業のもうけは減り、賃金も引き下げられ、消費がさらに落ち込んでいけば、物価が下がり続けるデフレに逆戻りするおそれもある。

 つまり、インフレが良性か悪性かを分けるカギは、働き手の賃金が物価の上昇についていけるかどうかだ。

「消費増税の影響も考えに入れれば、14年4月から1年ほどの間は悪いインフレでした。家計は円安による物価上昇と増税のダブルパンチに見舞われ、賃金の伸びは物価に追いつかなかった。原油安のおかげで、最近の物価全般の上昇率はインフレとは言えない水準です。しかし、前年比で原油安の影響が薄らぐ今年秋以降は、悪いインフレが再び起きる可能性があります」(斎藤氏)

(アエラ編集部)

AERA 2016年4月18日号より抜粋