「道路はズタズタ。学校は機能していない。戦争や内乱の現実は、テレビやネットの情報と天と地ほど違いました。壊れた堤防の修復を現地の人に頼まれましたが、災害派遣は任務の範囲外。政府に確認をとっていた3日間で、堤防は完全に決壊してしまった。思い通りにいかないことばかりでした」(渡邉さん)

 中国の軍事的な脅威についても質問すると、日本の陸上自衛隊は13万8千人なのに対し、中国陸軍は約200万人という衝撃的な数字が返ってきた。さらに中国は毎年2ケタで軍事費をのばし、防衛力を近代化させていると聞き、生徒たちから「ハァ~」と大きなため息がもれた。

 頭を抱えている女子生徒(16)もいる。アメリカに見捨てられないために軍事力を強化すべきだと思っていたが、疑問も感じるという。

 日米関係について渡邉さんが問いかける。尖閣諸島のような小さな島を巡って、もし中国と戦争になったら、アメリカは日本を支援してくれるだろうか?

「微妙なんですか?」
「識者の間でも意見が分かれる曖昧な部分です」(渡邉さん)

 話題は強化派が信じる「抑止力」に及んだ。渡邉さんは、こちらがこう出れば相手はそれを脅威に思って抑制するだろう、というのが抑止力だと説明し、

「でも、どんどん身構えていくとどうなる?」(渡邉さん)
「もしかして戦争ですか?」
「果てしない軍拡競争になる。これは抑止の最も大きな問題点です。相手次第の主体性がない戦略なので、軍事費なども流動的になってしまう」(渡邉さん)

 渡邉さんに取材した後、班のメンバーは、家族、友人、塾の先生など身近な人、15人ずつに安保法制についての考えを聞いた。集まった120人分の意見と、各自の調査をもとに、全体メンバーにプレゼンした。

 事後アンケートでは、軍事力強化派がさらに増える結果に。班で唯一の放棄派だった男子生徒も強化派に転じた。中国の脅威が予想以上で、楽観的に捉えすぎていたとうなだれる。

 プレゼンで最も時間を割いて訴えたのは、「自分の意見を持つことの大切さ」だ。調査の過程でクラスメートと話すと、個別的自衛権と集団的自衛権の違いすら理解していない人が多いことが分かったという。

AERA 2015年12月14日号より抜粋