●モスキート音で排除

 亜子さんのクラスでは暴力も日常茶飯事。でも一番嫌なのは、やはり勉強が進まないことだ。塾に行かない亜子さんにとって、学校は唯一の学びの場。悪いことをして教室の外に出されるほうが自習がはかどるのでは、とまで最近は考えるようになった。亜子さんはこう言い切る。

「電子黒板は税金の無駄遣い。先生もほとんど使わないし、そのうち誰かに壊される。もっと根本的なことを見直さないと」

 亜子さんは、母親の離婚を機に板橋に引っ越ししてきた。母親は契約社員として働きながら兄妹を育てるシングルマザー。板橋に決めた理由は家賃の安さだ。都営三田線沿線で不動産屋をあたると、板橋に入った途端、家賃が下がった。教育熱心な保護者が多く、有名校も多数ある文京区や千代田区には、とても住めなかったという。

 もう一つ大きな決め手になったのは、無料で通える児童館が多数あり、母親が仕事で遅くなっても安心できることだ。だから、「子育て支援」の名のもとに、児童館が乳幼児向けに変わると知ったときは、ショックが大きかった。移行に反対する保護者も多数いたが、区の方針は変わらなかった。

 居場所が激減し、子どもたちが漂流している。その多くが、塾や習い事に通えず、放課後の時間を持て余す貧困層だ。貧困家庭の支援を行うNPOの活動拠点となっている、いたばし総合ボランティアセンター所長の篠原恵さんは、集合住宅やマンションの駐車場で夕方、ゲームをしている小中学生を頻繁に見かけるようになった。最近、耳を疑うような話を聞くという。

「たむろする子どもたちを追い払うために駐車場に“モスキート音”を流しているマンションが増えているらしいんです。社会で子育てをするという空気がなくなっていると痛感します」

 行政のセーフティーネットからこぼれ、地域からも排除される子どもたち。貧困といっても、背景はさまざまだ。複雑な事情を抱えた子どもたちにこそ、家、学校、そして“第三の居場所”が必要だと言うのは、板橋区で無料塾を展開する「ワンダフルキッズ」代表の六郷伸司さんだ。毎週日曜日、子どもたちが勉強したり遊んだり、ルールをつくらず自由に過ごせる場所を提供している。

 冒頭の啓太さんも、高校1年から通う。母親が入院してひとりで暮らす不安な気持ちを唯一、素直に吐き出せたのが六郷さんだった。「僕にできることは何でもするから」そう言って話を聞いてもらうだけで楽になったという。加えて、貧困や不登校など、同じ課題を抱えた子どもたちと触れ合うなかで、初めて前向きな気持ちになれた。

「昔は両親がいてお金の心配もない普通の人生がうらやましかったけど、今はこんな自分もアリかなと思える。いろんな人や価値観に出会えたからかな」

 と、啓太さん。今は毎日授業に出席し、就職活動も始めた。クリスマスには母の病室を訪ねる予定だ。母が退院したら一緒に穏やかに暮らしたい、とはにかんだ。

AERA 2015年12月14日号