道後温泉本館を45点の写真が彩る。夜には建物の背面の障子に、映像作品も投影される(撮影/写真部・東川哲也)
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道後温泉本館を45点の写真が彩る。夜には建物の背面の障子に、映像作品も投影される(撮影/写真部・東川哲也)
道後温泉本館は、床の間や暖簾も色鮮やかな作品で彩られた。この華やかさにつられて思わず笑顔がこぼれる(撮影/写真部・東川哲也)
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道後温泉本館は、床の間や暖簾も色鮮やかな作品で彩られた。この華やかさにつられて思わず笑顔がこぼれる(撮影/写真部・東川哲也)

 3千年の歴史を持つ道後温泉と、現代の若者に絶大な人気を誇る蜷川実花。正反対のようでいて実は共鳴し合う両者のコラボに、街全体が華やいだ。

 午後6時を知らせる太鼓の音とともに、夕暮れの温泉街に蜷川実花の色鮮やかな写真が照らし出される。赤、ピンク、オレンジ、青、緑──。

 花々の生命力を切り取ったまぶしいほどの世界を、改築後120年、大還暦を過ぎた道後温泉本館が静かに引き立てている。時代も、それを作った人も、まったく違う二つの世界。初めて出会ったはずなのに、何だろう、この共鳴するような不思議な空気感は。

 時間を忘れて眺めていると、三層楼の塔屋(とうや)・振鷺閣(しんろかく)の障子にはめ込まれた真っ赤なギヤマン(ガラス)と、屋根の上で翼を広げるシラサギが目に入る。厳かな印象がある国の重要文化財だが、向き合ってみると赤と白のコントラストが鮮やかで、想像以上にハイカラだ。屋根瓦にはシンボルマークである湯玉もあしらわれている。

 この本館は、夏目漱石の『坊っちゃん』に登場したことで知られ、スタジオジブリの映画「千と千尋の神隠し」でも物語の舞台である「油屋(あぶらや)」のモデルとされている。古くから多くの偉人たちに愛され人々を引きつけてきたこの場所の底力を、改めて思い知らされるのだ。

 このイベントの始まりは、本館改築から120年の大還暦を迎えたことを記念して開かれた「道後オンセナート 2014」。新たな街の魅力を発信し、30~40代の女性たちを中心に個人旅行を増やしていこうと、松山市と地元のNPO、若手クリエーターたちがプロジェクトチームを設立。「最古にして、最先端。」をキャッチコピーに、草間彌生や荒木経惟(のぶよし)ら多くのアーティストの作品で街中を埋め尽くした。

 この試みで宿泊者数は、1999年に瀬戸内しまなみ海道が開通して以降最高の伸び率を記録するほどの大盛況。そこで今年は、写真家の蜷川実花をメーンアーティストに迎えた「蜷川実花×道後温泉 道後アート2015」を5月から開催している。本館の演出が始まった10月に全作品が出そろい、16年2月29日までの間、街中で温泉とアートのコラボを楽しむことができる。

 近年、全国的に広がりをみせるアートツーリズムだが、道後アートの面白さは何といっても3千年の歴史を持ち日本最古とされる道後温泉が舞台だということだろう。蜷川もこう話す。

「10年前に初めて目にした本館はかっこよくて、本物が持つ磁力を感じました。パワーのある場所だからこそ中途半端な写真ではダメだと考え、私の作品の中でも派手な写真を思い切りぶつけてみたんです。完成してみると、思った以上に合っていて、私がどれだけ暴れても受け止めてくれる本館の力強さを改めて感じました」

AERA 2015年12月7日号より抜粋