4年間ボストン大学で教職を務めた後、アジア系の学生に英会話を教えるMBAプログラムで2004年に初来日。その後日本に在住。同書は来年夏、亜紀書房から翻訳が刊行予定(撮影/大野和基)
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4年間ボストン大学で教職を務めた後、アジア系の学生に英会話を教えるMBAプログラムで2004年に初来日。その後日本に在住。同書は来年夏、亜紀書房から翻訳が刊行予定(撮影/大野和基)

 完璧な人生計画に殉じるか、運命に身を任せるか。アメリカの大学教授から、大阪の主婦に。日本、そして<主婦>という異文化との出合いをユーモアを交えて描いた書籍が、アメリカでベストセラーになっている。

 ボストングローブ紙がこの夏取り上げて以来、アメリカで話題になっている“The GoodShufu: Finding Love, Self,and Home on the Far Side ofthe World”は、アメリカで大学教授をしていたトレイシー・スレイターさん(48)が日本人男性のトオル(43)と恋に落ちて、大阪で暮らすようになった経緯を綴った回想記だが、単なるラブストーリーではない。異文化に対する葛藤をユーモアたっぷりに洞察するアメリカ人女性の物語である。

 結婚に至るまでの、自分の家族との意見衝突を含む紆余曲折、日本に住むようになってから、ボストンでの人生に未練を感じながらもアメリカのハウスワイフとは異なる日本独特の<主婦>という境遇を受け入れるようになるまでの精神的葛藤や千辛万苦が綴られている。

 日本人と韓国人のビジネスマンに英会話を教える短期の仕事を引き受けた彼女は、日本語の発音にはrとlの区別がないとか、vの発音がないということも知らなかったという。

 プログラムが始まって2週間経った頃、彼女は自分がトオルに恋していることを悟った。必死に彼に近づこうとしたが、なかなかうまくいかない。そんな時、トオルから突然告白された。「アイ・ラブ・ユー」と。しかし彼女はトオルの言葉が理解できなかった。“love”の“v”の発音が“b”になっていたから。「私は思わず、“You what?”と口走ってしまいました。何を言いたかったのか本当にわかりませんでした(笑)」

 そして結婚、来日。日本に住んで11年になるが、彼女が受けたカルチャーショックや当惑した慣習は枚挙に暇がない。

 本のタイトルにある<主婦>という境遇にも戸惑いを覚えた。

「日本ではキャリアウーマンと言われる人でも結婚したら多くが仕事を辞めて主婦になりますが、その事実を受け入れるのに何カ月もかかりました」

 高学歴女性が結婚後、自発的に離職する割合は日本では約7割だが、アメリカでは約3割。彼女も自分でパーフェクトであると思っていた人生計画を実行するべく、骨身を惜しまず勉強し、働いてきた。そのために博士号も取得したのだ。

「ところが思いがけなく、トオルに恋をしてしまった。彼と人生を共にするには、私の思い描いた人生計画をすべてあきらめなければなりませんでした。でももし私の人生が計画通りに進んだとしても、今の<主婦>という境遇のほうがはるかに地に足がついて、精神的にも安定し、安心感を覚える人生であると思います。私がこの本で言いたかったことは<人生というものは、他の計画をしているときに、突然ふりかかる運命によって変わるものである>ということ」

AERA 2015年11月9日号より抜粋