メガバンクに比べれば、まだまだ小さな会社だ。それでも、働く手応えを川井さんは手に入れた。

「日本の会社の99%は中小。大企業での常識が世間の常識ではない」

 こう言うのは、総合人材支援会社「マイスター60」(東京)の常務・高平ゆかりさんだ。

 大企業に入ったバブル世代が新しい職場に移らざるを得ない立場になり、中小企業を選ぶケースが増えている。「できる人」と思われ、仕事を任される。「よし、腕の見せどころだ」と張り切るのはいいが、中小では限られた人員、予算でやるしかない。自分はこれだけやってきた。今まではこういうやり方だった……。

「パニックになる。いらだって孤立する」(高平さん)

 特に危険なのは、大企業特有のジョブローテーションで、何の専門性も身につかなかった「ただのゼネラリスト」だ。

「ミドルエイジにまでなると学歴なんて、何の援護射撃にもならない」(高平さん)

 こんな状況から第2の会社人生を始めるバブル組が、逆境を乗り越えるには、自分から新しい職場に歩み寄るしかないのだ。そのとき、心は身軽な方がいい。高いプライドは邪魔になるだけだ。

 住宅ローンに強い金融機関「アルヒ」(東京)は、社員数200人足らずの若い会社だ。住宅金融支援機構と組んで長期固定金利を提供する「フラット35」の取扱件数で、業界トップを誇る。

 1年前、若國宏悦さん(49)は、外資系金融のノンバンクから、ここに転職してきた。

 91年、北海道拓殖銀行から会社員人生をスタートさせた。6年後、30代になってすぐ、銀行が破綻したが、仙台支店で最後まで残って「しんがり」を務めた。

「顧客にできるだけ迷惑をかけずに、どうやって銀行をたたむか。その経験をしておいて損はない。使命感もあった」

 再就職先を探すときも、社会的に注目されたこともあって困らなかった。大手銀行から保険会社に至るまで、行き先は選びたい放題だったが、若國さんが選んだのはそのいずれでもなく、神奈川県の司法試験専門予備校だった。

「拓銀の破綻処理を担ったことで、『法律は面白い』と実感しまして」

 司法試験合格を目指して受験勉強もできそうだと、総務担当に就いた。しかし──。

「開校して間もない予備校でしたから、人が足りなくて」

 年下の女性職員から、「お願いしまーす」と経理書類をばさっと、ろくな説明もなしに渡される。あたふたしていると、学生から「今後の自分はどんなコースを受けるべきか」と質問される。合格率2~3%という難関試験に臨む真剣な若者に、生半可な答えはできない。女子学生から「ストーカーにつけられている。怖いから、送ってほしい」と請われることもあった。

●くびき脱すれば楽に

 何でもやらなきゃ、回らなかった。司法試験には受からなかったが、予備校勤務の3年間は濃密だったと思う。

 現在、アルヒでは債権管理部の副部長。20人の部下の半分は、女性だ。男所帯のノンバンクとは大違いだし、みんな若い。でも、この違いを楽しむことができている。教育役を期待されているのもうれしい。

「30代で働いた予備校も社員数は160人。大企業一本というレールからはとっくに外れましたから、楽ですよ」

 拓銀では入社式をホテル貸し切りでやった。直近まで勤めた外資系金融は社員数8千人、リーマン・ショック前には似たようなパーティーがあった。けれど、ああいう泡のようなものはもういらないと思う。

 地道に上がっていくのがいい。自分が経験したことを「これから」の人やものに注いでいきたい。大手行のバブル入行組というくびきから離れられた若國さんの、偽らざる心境だ。

AERA 2015年10月26日号