朗読に使用したテキストは、英訳や日米安全保障条約も収録した『新装版 日本国憲法』(講談社学術文庫)。憲法から「若さ」を感じるという指摘に、取材に同席した編集部員から感嘆の声があがった(撮影/伊ケ崎忍)
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朗読に使用したテキストは、英訳や日米安全保障条約も収録した『新装版 日本国憲法』(講談社学術文庫)。憲法から「若さ」を感じるという指摘に、取材に同席した編集部員から感嘆の声があがった(撮影/伊ケ崎忍)

 日本国籍を持たない姜尚中さんにとっての、「日本国憲法」の意味とは。前文を朗読していただいて、その平和主義と理想について聞いた。

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 実は、学生時代の私は日本国憲法に反感を持っていたんです。日本国籍を持っていない自分たちは、日本国憲法の外にいるというような意識があった。今から思うと斜に構えていたんですね。自分が日本の中に定着して家庭や職を持ったりして、やっぱり自分はここの在来種なんだ、という意識を持つようになって、国籍とかナショナリティーというものが相対化されました。それから憲法というのは大切なんだ、という意識を持ったんです。

 日本国憲法は世界的に見ても、「平和」に重きを置いた憲法として、非常に突出していると思っています。例えば、日本国憲法の前文には、「われらは、平和を維持し」と書かれ、さらには「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と続きます。

 このように世界の憲法が皆、平和を何にもまして謳っているかといえばそうではありません。ドイツの憲法にあたる基本法の第1条に掲げられているのは「基本権」ですし、今回の難民受け入れも、それに基づく「庇護権」の尊重によるものです。このように憲法というのは国のあり方をよく表しているのです。戦争の悲惨さを知る日本国民にとって、日本国憲法は平和を第一に謳っているからこそ、受け入れやすかった。人権とか民主主義とか言う前に「平和があってはじめて生活ができるんだ」ということが実感として深く刻まれたのでしょう。

 この憲法を「押しつけ憲法だ」「日本語らしくない」と言う人がいますが、よく読むと明晰なんですよ。誰かの談話のように主語がなくて意味がわからないのではなく、「誰が」「どこで」「何を」「どのように」というような文章構成の必要条件を満たしていますから(笑)。

 日本の社会にいると、お互いにわかるだろうという気持ちになり、曖昧になりがちです。もちろん、それが良い面もありますが、だからといって憲法がそうであっていいはずがありません。私は人間の社会生活の中に、ひとつぐらいは明晰で主語述語関係や権利関係がはっきりとしたものを知っておくことも必要だと思うのです。その点で日本国憲法は格好の教材と言えるでしょう。

AERA  2015年9月28日号より抜粋

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姜尚中

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

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