「◯◯さんは紙飛行機が得意とか、国体に出たことがあるとか。そんな発見のたびに、街の解像度が上がり、生態系が見えてくる。そうするうちに、建築はどうあるべきか、そのためにすべきことが見えてくるんです」

 見晴らしのいい立地を生かして街の「番頭」としての機能を持たせることや、20年前になくなった「子ども会」の復活を提案。住民が愛着を持っていた近所の石畳が撤去されると聞けば、市に頼み込んでその「ピンコロ石」を譲り受け、軒下に敷き詰めようと思いついた。

「元々はどこどこの何々だったというものを集めると、愛着がわきませんか。だから、使わなくなった街の素材が自然に集まってくる場所にしたいと思うようになったんです」

 町内会館に出向いて計画を説明したり、急坂の102段の階段でキャンドルナイトを行ったり。地道な活動のおかげで住民理解も進み、市民発の公共的事業を行政が支援する「ヨコハマ市民まち普請事業」に選ばれて資金面もクリア。今年中の着工にめどがついた。

 大学時代に「卒業設計日本一」に輝いた冨永は、2014年に大学院の先輩だった伊藤孝仁と事務所を立ち上げた。今年の「三井住空間デザインコンペ」では、伊藤らと手掛けた作品が367点の応募作のなかから最高賞を獲得。建築家としては順風満帆に見えるが、一つのプロジェクトに全力を注ぐあまり「食べていけないんです」と苦笑する。

「時間はかかっても、この先の建築ってなんだろうっていうところを、若いうちに探究したいなと思っているんです」

AERA 2015年9月7日号より抜粋