リビングに置くソファは「安いので十分」というタカシさんに対し、元妻は「革張りじゃないとイヤ」と譲らなかった。洗面台を使った後に、飛び散った水をタオルでふき取る習慣のあった元妻は、そうしないタカシさんに対し逐一、不満をぶつけた。

「怒られてばかりの生活が苦しくなりました」

 ささいなことで諍いが起こり、時間やエネルギーを消耗する結婚生活に心底うんざりした。独身生活に戻った今は、買ったばかりのオーディオセットで、映画を見ながらボーッとするのが幸せだ。

 未婚の理由として、非正規雇用が増えた、景気が悪いなど経済的理由ばかりが強調される。だが、収入が増えても結婚には至らない。自分で生活を支えられる男女にとって、結婚は生活保障の手段としての「必需品」ではなく、自分にぴったり見合うものが見つかれば手に入れたい「嗜好品」になったのだ。

 ただ、そんな独身者たちも、痛烈に結婚したくなる時がある。先のバツイチ独身のタカシさんは、ゴールデンウィークや年末などひとりの時間があまりにも長すぎると、寂しさが込み上げてくるという。

 前出のケイコさんもこう本音を吐露する。

「仕事で失敗して精神的に参った時は、家族という落ち着けるハコが欲しいと思う」

 家族がいる安心感はほかでは代えられない。そう思っていたら、それさえも、もっと手軽にコスパのいい手段があるという。

 家族や会社に縛られない生き方を提唱した『持たない幸福論』(幻冬舎)の著者で、京都大学卒の社会派男性ブロガー、phaさん(36)は、都内の一軒家に20~30代の3人とと一緒に暮らす。借りている家も、同居人もネットを通じて調達したという。ITやネットに興味がある人が集まるシェアハウスで、「ギーク(オタクの意味)ハウス」と名づけた。

「世の中には何かしら落ちているものです」

●家族以外の選択肢

 phaさんは、ネット関連のわずかな収入で、好きな時に起きて、好きな時間に寝る生活の自称ニート。以前は大阪で会社勤めをしていたが、就職すると友人との縁も薄れ、周囲に気の合う人もいなかった。そのままだったら、寂しさから抜け出すために結婚していたかもしれないという。

「ひとり暮らしは寂しい。でもそれを埋めるのに、家族以外にも選択肢があると気づいたんです。シェアハウスという居場所をつくった今は孤独じゃない」

 3組に1組が離婚するとされる時代、結婚は永遠でも絶対でもなくなった。家族の閉じられた関係がストレスになることさえある。血のつながりほど濃くない、ゆるやかなつながりで、家族が担ってきた機能を代替することができるのではないか、とphaさん。

「結婚や家族自体を否定しているわけではないんです。できる人、したい人は家族をつくればいい。そこからあふれる人が孤立しないで、ゆるやかにつながって集まれる仕組みを模索しています」

 今はまだ、「結婚したい」と考える人が主流だ。だが、phaさんが思い描くような、流動性が高く、相互に助け合える社会が実現したら、本当に結婚する理由がなくなってしまう。

 もうすぐ、結婚はあらゆる面でコスパが悪い時代が到来する。

(文中カタカナ名は仮名)

AERA  2015年6月22日号