そんな価値観はファッションにも広がる。白Tシャツ、細身のデニム、ボリュームのあるスニーカー。ファッション通販サイトを運営するAさん(男性・31)は数カ月前、街を行き交う多くの若者が、同じような服を着ていることに気づいた。そう、流行の「ノームコア・ファッション」である。

 ん? 初めて聞いたという読者のために解説しよう。「ノームコア」とは、2013年に米国のトレンド予測会社がつくった言葉で、どこにでもなじむ雰囲気を指す。この概念がファッションにも波及し、ラクでカジュアルな服を好む「ノームコア・ファッション」が生まれた。

 周囲と同じような洋服を着ることへの抵抗感を表す「カブり」「ユニバレ」は今や死語。むしろ、周囲と同じ、大衆化した服を着たい若者が増加中だ。ユニクロメンズのドライカラークルーネックTシャツ、通称“パックT”が女子に激売れしたのが象徴的だろう。人気カラーも、白やネイビーなどベーシックだ。

 Aさんの職場にドレスコードはない。毎日のコーディネートを考えるのに疲弊しきっていた地獄の日々に、ノームコア・ファッションという蜘蛛の糸が垂れてきた。早速、アメリカンアパレルの白と黒の同じタイプのTシャツを2枚ずつと、ユニクロの黒い細身のパンツを購入。現在は、街で見かけた人たちと同じような格好で通勤する。洋服で個性を表現しようと躍起になっていた頃に比べ、精神的にかなりラクになったという。

「ノームコアを一言で表現すると“没個性”ですね。僕も他人が着ているようなものを意識して買っています。自分らしさのかけらもないけど、ハズさないことのほうが大事なんです」

 博報堂ブランドデザイン若者研究所の原田曜平さんは、流行の背景をこう分析する。

「ノームコアを和訳するなら、中身も外見も着飾らないということ。SNSが普及したことで、過度な自己主張は敵をつくると実感した若者は多いはず。発言だけでなくファッションもまた然り、ということです」

●プレーンでエッジィに

 見た目には“没個性”でも、それを選択する“哲学”には、かなりのこだわりがある。ノームコア・ファッションを溺愛するウェブメディアディレクター、東典弘さん(30)はこう言う。

「皆が着てるから着るってわけじゃない。そういうのは寒気がします。自分が好きなものを着ていれば、人から何を言われてもいい。それに、プレーンなものを着ると逆に、自分の個性がエッジィに際立つと思うんです」

 ノームコア・ファッションのアイコンとも言われるのは、どんな世界的プレゼンの場にも黒いタートルネックとジーンズで現れたスティーブ・ジョブズ。彼の黒タートルのように、自分といえばコレ!というアイテムを探すのが、東さんの目標だ。

 ベンチャー企業に勤める男性(27)も同意見。

「派手な服で自分に宿される個性なんて一時的なもの。個性はもともとあるから、ファッションに求める必要はないんです」

 慶應義塾大学SFC1年生の頃は、ツモリチサトの赤い水玉シャツなど派手な服装を好んで着ていた。強烈な個性を放つ仲間の中で、自分も負けずに個性を発揮せねばと無理をしていたからだ。その仲間たちが、男性が専念していた研究内容を面白がってくれたことで、自信がつき、シンプルなファッションに戻っていったという。

 だが、ノームコア隆盛時代に、一つの不安がよぎる。ファッションがシンプルなほど、着る人のスタイルがものを言うのではないか。183センチの長身に、スラリとした手足を持つ前出の東さん。似合うのはそのスタイルのせいでは……。

「スタイルが重要なのは、どんな服装でも一緒です。僕は偶然、恵まれてますけど」

 嫌味!

AERA 2015年8月31日号