「長く走るという課題をクリアすることで、自信につながっていった。達成感を感じ始めていると思う」(豊さん)

 最近、気づいたことがある。障がいがある息子が走ることで、沿道や一緒に走るランナーが声援を送ってくれる。息子の頑張る姿は、周囲に勇気を与えているのだ。

 だが、この日の難コース、智琉君は苦しそうだ。でも、豊さんは声をかけない。ひたすら3歩前を行く。途中で抜きつ抜かれつしていた20代の女性ランナーが、声をかけてきた。

「小学生が頑張っているのに。私もついていかなくちゃ」

 彼女もまた、初のフルマラソンだという。並走が続く。彼女が遅れると、智琉君が振り返る。「どうしたの?」と励ましているかのようだ。

 35キロ過ぎ、豊さんがペースを上げた。智琉君は「ゼーゼー」とあえぎながら、時折「ウーン、ウーン」と悲鳴を上げる。体をよじって顔をゆがめる。その様子に豊さんがつぶやく。

「苦しそうだけど、心は折れていない。フルマラソンは障がいの有無というより、人間が問われているから」

 豊さんにはわかるのだ。まだ大丈夫だと。

 スタートから8時間を過ぎ、2人はゴールにたどり着いた。智琉君はテープを切る直前、小さなガッツポーズを見せた。ゴール間もない2人に、先ほどの女性が近づいてきた。2人からやや遅れてのゴールだ。

「何度も走るのをやめようと思ったけど、智琉君がいたから頑張れた。最後は一緒にゴールしたくて必死で追いかけてきたんです。ありがとう!」

AERA 2015年4月27日号より抜粋