東龍治さん(39)東京駅前で山伏姿。生保に勤務し、休日は山で修行を積む(撮影/写真部・植田真紗美)
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東龍治さん(39)
東京駅前で山伏姿。生保に勤務し、休日は山で修行を積む(撮影/写真部・植田真紗美)

 平日は都内でサラリーマン、休日は山伏…そんな生活をする男性がいる。苦行の先にあるものとは。

 つらい、苦しい、喉が渇く、夏は暑い、冬は寒い。それでも歩く。無口になる。あと500メートル頑張ろう。あと100メートル頑張ろう。自分に言い聞かせる距離が短くなる。右足。左足。あと一歩頑張ろう。やがて日常の感覚が消えていく。歩いていることすら忘れ、頭の中が空っぽになる。

 東龍治さん(39)は、平日は東京で生命保険会社の営業として働き、休みの日は日光の男体山などで山伏になる。大学院生のときに知人の紹介で修行を始めて以来、山伏歴は15年近い。

「無我とか無心とでも言うのでしょうか。山伏になっても、メリットなど特にあるわけではありませんが、世の中の価値基準とはまったく違う世界に身を置くことができます」

 日本古来の山岳信仰に、仏教などが混合したとされる修験道には「擬死再生」という言葉がある。長時間の登山や火渡り、滝打ちなど、激しい苦行によって死んだに等しい状態になり、汚れを落として生まれ変わることを指す。

 妻で漫画家・イラストレーターのはじめさん(36)は、下山後の夫の変化に敏感だ。

「山から下りてくると、すっきりした感じになっていますね。どこか客観的になっているというか、他人のせいにしなくなっているというか」

 4年前に、『ウチのダンナはサラリーマン山伏』(実業之日本社)という本を出した。出会ったとき、夫はすでに山伏。夫の修行や心の遍歴をネタにした。最近は夫の山行に娘と一緒に付き合う。女性の山伏も増えているが、自分が山伏になろうとは思わない。が、夫の山伏ぶりは気に入っている。

AERA 2015年3月23日号より抜粋