高倉健 日本刀もって中国人の事務所に登場 その理由 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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高倉健 日本刀もって中国人の事務所に登場 その理由

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 9年前の日中合作映画「単騎、千里を走る。」以来、親交を深めていた高倉健と張芸謀(チャンイーモウ)。日中最高峰の2人の映画人の間に、人知れぬ友情のドラマがあった。

 張芸謀の世代は高倉健の映画と共にあった。文化大革命終結直後の1978年、長く上映が禁止された外国映画が解禁され、高倉健主演のアクション映画「君よ憤怒の河を渉(わた)れ」が上映された。中国人の80%が見たとも、10億人が見たとも言われるほど、人民の間で熱狂的に受け入れられた。

「この作品は日本人にとっては単なる高倉健の主演作の一つかもしれないが、中国人は60歳以上の人間は全員が見たでしょう。私は50回、60回と見て、セリフは全部覚えました。高倉健はあの時代の中国人の『神』になったのです」(張芸謀)

 高倉健の逝去を受け、中国のあらゆるメディアがまるで中国の国民 的スターの死のように報じた。洪水のような報道は日本をもしのぐと思わせたほどだったが、こんな事情があったのだ。

 映画監督として名を上げた張芸謀は「高倉健のための映画」を撮ろうとした。それが2005年の「単騎、千里を走る。」だった。初めて一緒に仕事をした高倉健は、スクリーンの中の彼から想像した姿と、ほとんど変わらなかったという。スタッフへの謙虚で親切な姿勢。寡黙な優しさ。演技への真摯(しんし)さ。

「彼の人格的魅力は格別です。全身に『古風』の気をまとっている。中国古代の『士』の精神を体現したように見え、東洋文化における男性の理想像ともいえます。だからこそ、中国人は彼に夢中になったのです」


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