※イメージ写真
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「LGBT」という言葉が、性的少数者の総称として一般化しつつある。だが、同性愛(L、G)や両性愛(B)、トランスジェンダー(T、心と体の性の不一致)は、広くて深い性の世界の一部でしかない。

 ドキュメンタリー映画「凍蝶圖鑑(いてちょうずかん)」はそのことを見せつけ、性に関する「普通」の感覚を揺さぶる。

 真昼の大阪・淀川の河川敷。緑色のワンピース姿の女性がすそをたくし上げ、縄を縛り付けた乳房をカメラに向かってあらわにする。写真家のアトリエでは、入念に化粧をし、白タイツと黒のドレスをまとって女性になりきった男性が妖艶なポーズを取る。髪を背中まで垂らし、腰回りのくびれた衣服を身につけた男性は、「性対象がなかった。男性も女性も好きではなかった」と、訪れた寺の境内で淡々と語る。

 緊縛、異性装、異性にも同性にも性的興味のないアセクシュアル……。映画には約20人の「性的少数者」が出てくる。そのほとんどは、東京在住のアートディレクター兼漫画家・大黒党(だいこくどう)ミロさんの友人たちだ。

 同性愛者で、自らも映画に登場する大黒党さんは1996年から14 年間、大阪でバー「ミックスルーム」を経営した。店には、さまざまな性的指向の客が集ったという。

「10代のころから好奇心が強くて、ゲイが集まる場所のほか、SMバーや女装バー、カップル喫茶などに出かけていました。そうした場所でいろんな人と知り合ったのですが、みんな自分と性的興味が違う人のことを怖がっていた。それで互いに理解するきっかけをつくろうと、脱サラしてバーを始めたんです」(大黒党さん)

 この店を、映画監督の田中幸夫さん(62)が6年ほど前、初めて訪れた。それまで、被差別部落や在日韓国・朝鮮人などをテーマにした作品を撮ってきた。

「マイノリティーを取り上げているのに、私たちのことは撮らへんの?」

 客たちにこう問われたが、「(性の世界は)右も左もわからない。勘弁してください」と断り続けた。普通と違う、変わった人たちと感じていた。

 しかし、店に顔を出すうち、少数者としての覚悟をもって堂々と生きている人たちが輝いて見えてきた。互いに優劣をつけず、排除もしない。そんな姿勢にも共感を覚えた。やがてカメラを手に、彼ら彼女らの姿を記録し始めた。

「撮影するうち、自分の中で『普通』ってなんやねんと考えるようになった。変態と普通のボーダー(境界)なんてない、大切なのは『人』を見ることだ、という思いが強まりました」(田中監督)

AERA 2015年1月26日号より抜粋