●原油価格の下落が影響

 イングラフィアら科学者グループと、住民運動の側面から連携したのが、地域の環境保護活動をしていた前出の「サステイナブル・トンプキンズ」のニコルソン会長らだ。

 イサカは、氷河で形成され、滝やブドウ畑など美しい自然に恵まれたケイユガ湖に接している。同湖を含む無数の湖があるフィンガー湖地域に、シェール開発の計画が浮上した時に、ニコルソンらが立ち上がった。同団体は「ニューヨーク州政府によるフラッキング禁止」を最も早い時期に要請した団体だとい
う。
 地域や遠く離れたニューヨーク市の環境・市民団体と連携し、絆を深め、フラッキングの危険性を知らせるイベントで住民を教育し、州都オールバニのロビイストに働きかけ、デモも何回も開催した。

「州政府による禁止というのは、ナイーブだという運動家もいたわ。でも、とにかく、クオモ知事の目にとまるような行動を続ければ、米大統領選への出馬を目指しているかもしれない州知事が、有権者をみて、政治的な判断をせざるを得ないだろうという戦略だったの」(ニコルソン)

 実際に、クオモ知事のフラッキング禁止の決断は、同州健康局の調査や報告に基づいたものだ。同州環境保護局は健康局の勧告を受け、今後、拘束力のあるフラッキング禁止勧告を出す見込みだ。

 一方で、ノースダコタ、ペンシルベニア、テキサスなどの州では、フラッキングが天然ガス・石油のブームを引き起こし、「シェール革命」とまで言われた。

 州経済を潤し、リーマン・ショックの後、10%にも達した全米の失業率を横目に、1桁の失業率を誇った。その結果、世界の原油価格も劇的に下落し、家計を助けた。

 しかし、「シェールバブルの終焉」(前出のニコルソン)には、原油価格のさらなる下落が大きく影響した。ニューヨークで取引される原油のWTI先物価格は08年に一時、1バレルで147ドルの最高値をつけたが、昨年からじわじわと下落し、1月22日現在は約47ドルと3分の1だ。シェール企業が、予想産出量をこれ以上の価格でヘッジし
ていれば大赤字となる。

●シェール倒産の第一号

 このため、シェール企業の株価は、原油価格が下降し始めてから軒並み大幅下落した。減産や設備投資の見送りも始まっている。ノースダコタ州バッケン・シェールの生産大手コンチネンタル・リソーシーズなどは、15年の設備投資計画を撤回した。

 年明けには、南部テキサス州の小さな石油企業WBHエナジーが、連邦破産法
11条(日本の民事再生法に相当)の適用申請をして経営破綻し、米メディアは「シェール倒産の第1号」の可能性が高いと報じた。マーケットは今後もシェール倒産が相次ぐのではないかと懸念してい
る。
 ニューヨーク州の決定、そして、イサカなどの住民や科学者からの情報発信も含め、米国のエネルギー問題に対する意識は、少しずつだが確実に変化し始めている。

 10年ほど前は、「大きくて、ガソリンをたくさん食う車ほどいい車だ」といったエネルギーの過剰消費を当たり前としていた米国人だが、現在は、低燃費車を購入するのが当たり前。ハイブリッドカーがニューヨークのタクシーに多く採用されている。

 この10年の間に、明らかに「脱化石燃料」の流れが生まれてきた。

「キーストーンにNO!」

 1月13日夜、ニューヨーク・マンハッタンなど全米各地で、カナダからの石油パイプライン「キーストーンXL」敷設に反対するデモが開催された。ニューヨークでは、零下10度近い中、100人以上がプラカードを用意して集まった。

 カナダ・アルバータ州北部のオイルサンドとテキサス州の製油所を結び、一日当たり83万バレルの原油を輸送する計画。パイプラインは全長2700キロ超で、南側は完成し、送油を始めている。

●大量消費信仰が変わる

 焦点となっているのは、米国とカナダの国境をまたぐ北側半分で、州政府が敷設を認可していないところもあるほか、6年にわたり、反対運動で計画が宙に浮いたままであることだ。

 しかし、保守派でエネルギー業界との結びつきが強い共和党が多数派の議会は、キーストーン計画の承認法案を採決する意向だ。オバマ大統領は、同法案が可決された場合は拒否権を行使する意向を示唆。それに期待をかけた反対派が、デモを繰り返している。これも
10年前であれば、全米規模には及ばなかった運動だ。

 世界有数の石油産出国で、大量消費に対する信仰が強い米国が変われば、エネルギー問題で、世界に影響を及ぼすことも可能になる。

 人口わずか3万人の大学街イサカの住民は、それを信じて、フラッキングの全州における禁止を提案した。今後も、温暖化ガス削減の動きの中で、新たな挑戦に挑んでいくに違いない。

(文中敬称略)

AERA 2015年2月2日号