アベノミクスが醸し出す曖昧な好況感の陰で、確実に広がる「ブラック社会」。その現場を歩いた。

 10月下旬の夜8時過ぎ。人波に揉まれながら駅の改札を抜けて外に出ると、徒歩1分ほどの雑居ビルに、目指す「ネットカフェ」はあった。リーマン・ショック後の2008年以来、私にとって6年ぶりの再訪だった。

 都心から電車で約30分の埼玉県南部にある街。ビルの2階と3階を占めるこのネットカフェは、総部屋数が約70。6年前よりも部屋数は倍近くに増えていた。店の棚には漫画が置かれ、飲み物は無料で、シャワーも完備する。

 一見、普通のネットカフェだが、夜をここで過ごす人たちが「住民登録」できる、日本で数少ない店だ。定職に就きたくても住所不定だと面接すら受けられない。そんな人たちを支援するため、店側が市役所と協議し、ネットカフェで1カ月以上長期滞在すれば、住民登録することができるようにした。店長によれば、現在の「住民」は約30人。30代後半から50代後半の男性が中心だという。

 夜食なのか、コンビニの袋を持った中高年男性たちが10 分置きぐらいにやってくる。何人かに声をかけたが、みな目を合わせようともせず足早にビルに入った。そうした中、取材に応じてくれたのが、主にここで暮らして6年になる男性(51)だった。

「どうしてこうなったんですか」

 そう問うと、押し黙った。案内してもらった2畳ほどの「部屋」には、小さなテーブルの上にパソコンとテレビがあるだけ。電気スタンドの明かりだけが灯ともる部屋の中は薄暗く、「隣室」とは薄い板で仕切られただけなので、物音は筒抜けだ。

 東京出身の男性は、高校卒業後に都内で大手居酒屋チェーンに就職した。いつか自分の店を持つのが夢だった。しかし、必死で働いたがお金は貯まらない。10年近く経った時、知り合いに「儲かる」と誘われ、北陸の都市で、派遣社員として工場の製造現場で働くようになった。だが、ここでも貯金もできない生活が続いた。そんな日々が嫌になり6年ほど前、当てもないまま東京に戻った。

「それからがこの人生です」

 両親はすでに亡くなった。ネットカフェで暮らしながら、派遣会社に登録し、倉庫での荷物の仕分け作業などをして生計を立てる。

AERA 2014年11月10日号より抜粋