3日の衆院予算委員会で答弁に立つ日銀の黒田東彦総裁(左端)。野党は弱体化、与党内に敵なしの安倍晋三首相(右端)だが、経済問題は手ごわい (c)朝日新聞社 @@写禁
3日の衆院予算委員会で答弁に立つ日銀の黒田東彦総裁(左端)。野党は弱体化、与党内に敵なしの安倍晋三首相(右端)だが、経済問題は手ごわい (c)朝日新聞社 @@写禁

 円安が日本経済を救う時代は終わった。今や喜ぶのはグローバル企業だけ。庶民や地方の暮らしを直撃する円安が、安倍政権の前に立ちはだかる。

 第2次安倍政権が発足した2012年12月26日、為替相場は1ドル=85円前後だった。約1年9カ月がたち、10月1日には一時110円まで円安が進んだ。

 海外で100万ドルの利益を稼ぐ企業を考えてみよう。政権発足時に円換算で8500万円ほどだった利益が、1億1千万円に膨らんだことになる。努力なしに約3割の増益だ。トヨタ自動車は1ドルが1円安くなれば、年間の営業利益が400億円膨らむという。

 企業が儲かれば、株価が上がる。第2次安倍政権が発足した日、日経平均株価の終値は1万0230円36銭だった。今や1万5000円台で、約5割の上昇だ。株価はアベノミクスの成功を示す象徴になった。

「企業に利益が出るようにならなければ、国民経済は回復しません」

 安倍首相は国会で繰り返し、そう答弁している。円安になれば、次のような「景気の好循環」が期待されていた。

<円安→輸出が拡大→設備投資→増産→下請けへの発注が増加→雇用が増える→所得が増える→消費が活発になる→好景気>

 輸出企業が儲かると、上流から下流へと利益が浸み出る。「トリクルダウン」と呼ばれる波及効果だ。国内の景気が悪くても、円安になれば海外に活路が開ける。設備投資が刺激され、やがて景気は底を打つ。昭和の日本では絵に描いたような「トリクルダウン」が起きていた。

 ところが、今回の円安では「景気の好循環」が起きていない。原因は、産業の空洞化だ。 昭和天皇が亡くなった1989年は、バブル景気のピークであると同時に、円高が急速に進んだ。先進5カ国がドル安を決めた85年のプラザ合意を起点に、輸出を牽引してきた自動車や電機産業は、下請け企業を引き連れて海外へ出て行った。

 空洞化は<円安→輸出拡大>という方程式を崩す。企業利益の<拡大→設備投資>はあっても、「海外で儲けたカネは、海外に投資」がグローバル企業の鉄則。工場や雇用は海外で拡大するので、トリクルダウンは起きない。そんな事情をようやく理解したのか、このところ安倍首相のトーンが変わってきた。

「円安にはプラスもマイナスもある。地方経済や中小企業に与える影響をしっかり注視したい」

AERA 2014年10月20日号より抜粋