東大医学部には、医師養成コースである医学科(各学年100~110人)と予防や看護を学ぶ健康総合科学科(40人)がある。大学院医学系研究科からは、毎年150~200人が博士となって卒業するという(撮影/写真部・松永卓也)
東大医学部には、医師養成コースである医学科(各学年100~110人)と予防や看護を学ぶ健康総合科学科(40人)がある。大学院医学系研究科からは、毎年150~200人が博士となって卒業するという(撮影/写真部・松永卓也)
東京大学医学部附属病院。1858年、神田お玉ケ池種痘所の設立から始まった。1日平均3千人以上の外来患者が訪れる(撮影/写真部・松永卓也)
東京大学医学部附属病院。1858年、神田お玉ケ池種痘所の設立から始まった。1日平均3千人以上の外来患者が訪れる(撮影/写真部・松永卓也)

 山崎豊子の描いた『白い巨塔』は、今も古びない。医局の体質が、何も変わっていないからだ。

 東大に限らず、医学部の人気は高い。受験戦争の最難関だ。まさに秀才の集まりだが、受験の“勝者”が良い医者になるかといえば、それは別問題だろう。

 病巣は三つある。第1は、教授を頂点とした上意下達・絶対服従の医局の体質だ。これによって、不正を排除する自己抑制が働かない。第2は、製薬会社と医局の癒着。第3が、医局の暴走をチェックできない東大本部の統治能力の欠如である。

 教授への直言や批判など、自由な議論ができないため、内部告発という組織の“破裂”が起きる。疑心暗鬼が広がり、責任のなすり合いが始まり、泥仕合に発展することもある。

 医学部・病院内にタコツボのように“独立王国”が共存。派閥抗争や人事の不満が絡むことも多く、問題が起きても内部事情がわからない周囲は、傍観を決め込むしかない。

 当事者たちは、公開の場で議論することを嫌う。内部では、人事や処遇による“力”によるねじ伏せも可能だが、公開の場ではそれができないからだ。そのため、医局内で通用するルールと世の中の常識が大きくかけ離れてしまい、世間が納得するような説明責任を果たせない。

 研究者の世界も、グローバルな競争にさらされている。成果を出すには、大がかりな研究を行い、膨大なデータを迅速に集め、望ましい結論を導き出し、論文にすることが肝要だ。しかし、そのためには人もカネも、医局だけでは足りない。おのずと製薬会社から人手と寄付金を得て、研究することになる。成功すれば、製薬会社にとっても利益は大きい。そんなもたれ合いの構造が定着し、利益相反の概念が世間とはずれている。

 研究室には、製薬会社の社員が日参。研修生にまで頭を下げる。教授や講師が製薬会社の講演会で話し、小遣い稼ぎをしている光景は、珍しくない。

AERA 2014年8月18日号より抜粋