感情や直感、記憶といった心の働きを重視し、より現実に即した経済学を構築する「行動経済学」。この考え方に基づき、明治大学の友野典男教授は人間の経済行動と「気分」の関係を次のように説明する。

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 値段によってワインの味の評価が左右されるという実験結果があります。同じワインでも「千円のワイン」と言われたときと、「1万円のワイン」と言われたときで、味の評価が違い、脳の反応まで変わってきます。人間は「これは1万円」という情報も味わっているのです。

 駅の構内や地下街での販売戦略は、気分や感情に働きかけて売る戦略です。仕事帰りのビジネスマンが狭い通路を通りかかると、おいしそうな焼き鳥の匂いが漂ってくる。疲れて思考回路がまひしているところに、本能を刺激する匂いが漂ってくれば、つい「食べて帰ろうか」となる。昔からある方法ですが、「エキナカ」「エキチカ」のビジネスは盛んになっています。

 安倍政権にも感情や心理をうまく突いた政策があります。「インフレターゲット」です。政府・日銀は2%の物価目標を掲げる一方、賃金もそれと同じ割合で増やすと言っています。

 実際には物価と賃金の上昇率が同じならば、家計の実質的な負担は何も変わらない。しかし、人は「実質」なんて気にしない。名目的な賃金が上がることにプラスの感情を抱くのです。

 こんな研究があります。6年間で賃金の支給総額が同じという条件のもと、(1)最初は低いがだんだん上昇(2)6年間一定(3)最初は高いがだんだん下降……という三つの受け取りパターンのいずれがいいか選んでもらった。

 すると、半数以上が(1)を選択した。最も合理的な判断は(3)です。初期の高い賃金を投資などに回せ、途中で退職しても、3パターンのうち最も受取総額が多いのですから。つまり、少しでも良くなる、上がっていくという気分が大事なのです。

AERA 2014年5月19日号より抜粋