●実力の8割出せばOK

 感情労働には「副作用」がある。自分の感情を欺いているうちに、本来の自分らしさが失われたり、買い物やギャンブル依存に陥ったり、破壊衝動に襲われ、暴力をふるう人もいる。
 しかも、同じ感情労働なのに来場者を楽しませようとするディズニーランドのキャスト(従業員)と違って、死や病気の恐怖に直面する患者の負の感情を相手にする。怒鳴ったり、暴力を振るったりする患者を相手に、治療に向けて前向きになってもらうのはより難しい。
 元全日空のCAで、『いつもうまくいく人の感情の整理術』の著者、里岡美津奈さんは、各国の国家元首などのVIP特別機の担当乗務員を15年間務めた経験から、自分の感情を相手の感情に合わせて変えるのではなく、いつも一定に保つことが重要だと言う。
「お客様からクレームを受ける人は毎回同じで、感情が乱れている人でした。感情が乱れるとミスを連発しますし、人間は弱い者には攻撃したくなるんです」
 だが、女性はもともと月経の前にイライラしやすいなど、ホルモンの変化で体調や感情が乱れやすい。さらにCAは時差やシフト勤務などで生活リズムが狂いがちだ。また、国際線のフライトでは、最短でも4日間日本を離れる。病気の家族やケンカ中の恋人などがいれば精神的に不安定になることもある。
 里岡さんも20代の頃は失恋のショックからミスをしたこともあった。そこで、親戚の医師からアドバイスを受け、睡眠や食事、身だしなみを整えるようにすると、感情も安定するようになった。
 意識も変えた。日頃から「実力の8割を出せれば大丈夫」と考え、好調・不調の波がない一定の品質のサービスを心掛け、どんな相手でも気後れせず、余裕を持って応対するようにした。
「ポイントは穏やかに『弱』のアプローチでお声掛けし、相手の様子をうかがうことです」
 過剰なサービスは相手の心を乱し、トラブルにつながる。「安定感」にこそ価値があるのだ。

●相談時間と場所を限定

 自分の感情だけでなく相手の感情ともうまく付き合わないといけないのが感情労働の現場だ。保護者や児童生徒、教員、さまざまな立場の人の心が交差する学校も例外ではない。特に臨床心理士の資格を持つスクールカウンセラーは、プロとして感情と向き合う。
 都立武蔵高等学校・附属中学校に勤務する柴田恵津子さんは、カウンセリングの際、相手を脅かさないように心がけ、自分なら悩んだときどのように接してほしいのかを常に考えるという。
 カウンセリングで留意しているのは、「急いで話を聞き出そうとしないこと」「すぐにわかったつもりにならないこと」だ。
「たとえ子どもであっても、悩みに関しては相手のほうが先輩だと思って話を聞きます」
 カウンセリングは1件につき約1時間。あくまで学校内だけで行う。でも、限られた時間と空間で、十分なケアができるのだろうか。複数の私立学校でスクールカウンセラーを務める滝口のぞみさんは言う。
「不安になれば何時間でも話を聞いてほしいと思うのが人間の自然な感情でしょう。もちろんカウンセリング時には相談者の話をとことん伺いますが、時間外まで相談に応じることはありません。カウンセラーに依存してしまい、逆効果だからです」
 依存関係に陥れば、相談者はますます社会に適応しにくくなる。そのためにも、カウンセリングの時間と場所を限定することが大切なのだという。
 モンスターペアレントに対しては、「子どもを守りたいという熱い思いがあるのに、どうしたらよいか分からず困っているのです」と滝口さん。柴田さんも、保護者に激しい感情をぶつけられたり、問い詰められたりすることもあるが、
「子どものことを心から心配してのことです。そのようなときは、私はこの局面でどのように協力できるかを考えます」
 人々の感情と常に向き合いながら、感情に引きずられないように冷静に仕事を行う。高い専門知識を身につけた心理職だからこその仕事だ。

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