モレなく、ダブリなく。取り付く島もない完全無欠のプレゼンは、相手を圧倒しているだけで、心には残っていないかも。論理よりも、感情で伝えては。

 いまや伝説となったプレゼンテーションは、ある男の身の上話から始まった。

「実のところ、私は大学を出ていません」

 アメリカ・カリフォルニア州の大学の卒業式で、男は自身が養子であること、両親の貯金が学費に消えることを恐れて大学を中退したことを明かした。話は続く。
 
 20歳のとき、ガレージでコンピューター制作会社を立ち上げたこと。従業員4千人の会社に成長させたが、その会社から追い出されたこと。幸い、会社には復帰できたが、ガンと診断されたこと。男は、限りある人生を自らの直感に従って生きることを勧め、最後にこう添えた。

 Stay Hungry. Stay Foolish.(ハングリーであれ。愚か者であれ)

 2005年、スタンフォード大学でのスティーブ・ジョブズ氏のプレゼンは、瞬く間に世界に広がった。ジョブズはプレゼン中、ハングリーであることの科学的効果にも、愚か者ゆえのメリットにも触れていない。しかし最後のメッセージは、前段のジョブズの人生物語で説得力を増し、いまも名言として語り継がれている。

 このように昨今のプレゼンは「物語化」している。例えば、世界の食糧難問題。「世界では8億人が飢餓で苦しんでいます」と伝えるより、「ある母親は、子どもを抱えたまま『お腹がすいた』と言って亡くなった」のほうが、聴き手の心を揺さぶる。

 人材・組織コンサルタントの生方正也さんは、物語のもつ「行間」が効果を生むという。

「聞き手は、行間を補足するために想像力を使う。すると物語が自分のものになり、新たな行動につながるのです」

 一時期、ビジネスプレゼンは「ロジカル」に振れすぎた。「モレなく・ダブリなく」のプレゼンは、説得力はあっても共感しづらい。情報過多の時代に人を動かすには、説得力だけでは不十分だ。

「誰かを動かしたいと思うなら、相手に考えや思いを巡らす“ゆるさ”が必要なのです」(生方さん)

AERA 2014年4月28日号より抜粋