「孤育て」の限界 被曝避け移住後、戻ってくる母子も (2/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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「孤育て」の限界 被曝避け移住後、戻ってくる母子も

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<甲府市に避難>佐和さん(仮名、36)、娘(3)6歳の長女もいる。沖縄、山梨へ避難し、埼玉に戻る。「震災の前日に2人目が生まれて、幸せの頂点で時間が止まってしまった。もう一度、家族をやり直します」(撮影/古川雅子)

<甲府市に避難>
佐和さん(仮名、36)、娘(3)

6歳の長女もいる。沖縄、山梨へ避難し、埼玉に戻る。「震災の前日に2人目が生まれて、幸せの頂点で時間が止まってしまった。もう一度、家族をやり直します」(撮影/古川雅子)

 それでも放射能の不安はぬぐえなかった。「父親が週末ごとに娘に会いに来られるぎりぎりラインで値が低めなところ」として、山梨県の甲府へ再移住した。

 沖縄の反省もあり、中古車を人から譲ってもらい、人を呼べる広さの3DKのアパートを借りた。幼稚園のママ友もでき、子どもの友だちもでき、一時期は「このまま甲府に住んじゃおうかな」と思うほどだった。父親も週末ごとに顔を見せるため、娘たちも少し元気になった。

 甲府で2年暮らすうちに、別の疑問もわいてきた。子どもの幼稚園には、同様に関東から避難してきた母親たちが多くいて、ある意味「濃い」つながりができていた。放射能を警戒する母親たちには、もともと自然食にこだわる人や、子どもはワイルドに、自然あふれる環境で子育てしたい、と考える人が多い。自分と考え方も似ている。けれど、あまりに似すぎて濃縮した人間関係は、果たして子どもにとって「自然」なのかと……。

 そばにいつも父親の気配があって、親戚がいて、地域のいろいろな考え方の人がいて。そういう普通の暮らしが、今、目の前にいる娘たちには必要なんじゃないか。そんな考えに立ち、上の子の小学校入学を機に、この4月、埼玉に戻ると決めた。

AERA 2014年3月17日号より抜粋


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