患者の全ゲノム情報を「翻訳・解釈」して医療の場に戻すことは現実になった/撮影協力:国立がん研究センター(撮影/伊ケ崎忍)
患者の全ゲノム情報を「翻訳・解釈」して医療の場に戻すことは現実になった/撮影協力:国立がん研究センター(撮影/伊ケ崎忍)
A、T、G、Cの四つの塩基が二つずつで対を成す30億ペアの並びは、「私」をどこまで表しているのか? どこまで「私」を知ればよいのか?/撮影協力:国立がん研究センター(撮影/伊ケ崎忍)
A、T、G、Cの四つの塩基が二つずつで対を成す30億ペアの並びは、「私」をどこまで表しているのか? どこまで「私」を知ればよいのか?/撮影協力:国立がん研究センター(撮影/伊ケ崎忍)
DNA情報は、本人を超えて家族や血縁者の知る権利、知らない権利にも関わってくる。その取り扱いに関する法律は、日本にはまだない/撮影協力:国立がん研究センター(撮影/伊ケ崎忍)
DNA情報は、本人を超えて家族や血縁者の知る権利、知らない権利にも関わってくる。その取り扱いに関する法律は、日本にはまだない/撮影協力:国立がん研究センター(撮影/伊ケ崎忍)

 1千ドルで個人のゲノム(全遺伝情報)を読める時代がやってくる。病気のリスクを読み取るなど医療分野で役立てるほか、中には自分の遺伝子情報を公開し、教材にする人もいる。

「DRA000583」

 これは、2012年に日本人で初めて自身の「全ゲノム情報」を実名で公開した、慶應義塾大学・冨田勝教授のゲノム配列の登録番号だ。国立遺伝学研究所のデータベース「DDBJ」にアクセスすれば、誰もが、冨田教授の遺伝情報と、同時に公開されたこれまでの診療記録とをあわせて見ることができる。

 いわば「究極の個人情報」を丸裸にした理由は、ズバリ、自らが“教材”になるため。

「数年以内には千ドルで一人一人の全ゲノム情報が解読できるパーソナルゲノムの時代がきます。ゲノムを知るということ、遺伝情報による雇用や保険の差別、情報を知らないでいる権利のことなど、学生たちや一般の人にリアルに考えてもらおうという試みです」(冨田教授)

 公開以来、同大の環境情報学部の学生は、荒川和晴特任講師が担当する大学1、2年生向けの授業の中で、実際に冨田教授のゲノムを解析する実習を行っている。授業の最終回には、冨田教授本人を目の前に、遺伝的な身体能力、知能、体質や病気のリスクなど、グループごとに設定したテーマの解析結果と考察を発表しあう。

 例えばある学生グループは、眩(まぶ)しいとくしゃみが出る体質を、見事的中させた。この「光くしゃみ反射」に関わる遺伝子の違いである「SNP」を文献から見つけてきて、変異型に当てはまるという結果を割り出した。また、病気のリスクを調べた別のグループは、白内障になるリスクがほとんどないと解析したが、本人によれば「大外れ」。40代半ばに、両目とも白内障になって治療したという。

 冨田教授は言う。

「匿名のものではなくて、目の前にいる冨田のゲノムだから、学生たちも身近に感じてモチベーションが上がる。ゲノムからすべてがわかるわけではないことも、体感できたと思います。まずはゲノムを読むとはどういうことか、正しく理解することが大切です」

AERA 2014年1月20日号より抜粋