胸が小さいことにコンプレックスがある女性に朗報だ。実は今、貧乳ブームが訪れているらしいのだ。

 場所は東京・新宿駅東口の安居酒屋。週末にもかかわらず何の予定もなく、いつもどおり腐れ縁の男友達を誘ってガブガブとハイボールをあおっていると、友人が思い出したかのように言った。

「そういえば最近貧乳好きが増えてるらしいぞ。良かったな」

 ふざけるな。男は巨乳好きと相場が決まっている。そのため貧乳の私は過去、どれほど苦労したことか。水着を着用したくないがために海に行けず、男ウケがいいはずのベアトップワンピは無残にも滑り落ちる。ネット通販で買ったシリコンパッドでつかの間虚栄心を満たすも、通気性の悪いシリコンによって蒸れが生じ、希少な資源がさらに減少していると気づいたときのあの空しさをお前は知っているのか。たった一言に過剰反応してギャーギャー騒ぎ立てる私を諭すように友人は付け加えた。

「今どき公言している人も多いから、ネット見てみろよ」

 手渡されたスマホの画面には、このような文字列があった。

「ヒンヌー教」

 友人曰く、インターネット上で貧乳好きがこう名乗っているらしい。彼らは貧乳をステータスととらえ、マザー・テレサの名言をたびたび引用する。

「貧しい人は美しい」

 これは貧乳女子にとってチャンスかもしれない。ちょっと騙されてみたい気分になった私は、貧乳好きの動向について調べてみた。昨年、全国の男性を対象に実施したアンケートを基に、各都道府県の理想のバストサイズを調査。数えてみると、Aカップが理想と答えた男性が一番多かった府県が24。なんと、全国の半数を超える府県で、Aカップが1番人気ということになる。女性のバストに詳しいブラジャー研究家の青山まりさんは言う。

「女性のバストの大きさや、ブラジャーの流行は社会情勢と関係している。昨年Aカップが人気という結果が出たということは、不安定な世情で男性が守りに入った結果かもしれませんね」

 もともと、日本に巨乳は多くなかった。トリンプの調査によると、1980年のブラジャーの売り上げのうち、58.6%がAカップ、25.2%がB。実に80%以上の女性がA、Bカップを購入していたことになる。豊乳でも大きなサイズを購入することにためらいがあった大和撫子が多かったのかもしれない。だが、80年代中盤から時代は変化する。バブル経済が訪れ、人々が開放的になってきたのだ。青山さんによると、このあたりから一気にバストアップ系のブラジャーが流行となる。バブルがはじけても、それからしばらくは巨乳ブームは続く。フランス文学者の鹿島茂氏が2003年に上梓した『関係者以外立ち読み禁止』にも、このような一節がある。

「この巨乳ブーム、その無意識の部分でバブル崩壊からデフレに至るここ十数年の経済事情としっかりと結びついているようなので、決して疎(おろそ)かにできない時代的要因を含んでいる」

 同書によると、先史時代から社会情勢や飢餓度などによって、巨乳や貧乳のブームが繰り返されてきた歴史があったという。前出の一節からは2000年代前半の段階ではまだ巨乳がもてはやされていたことがうかがえる。一方で、バブル崩壊後は女子高生がブームになったり、アイドルの低年齢化が進んだり、萌えアニメが流行したりと、未成熟な女性を礼賛する傾向は強まっていった。

AERA 2013年10月14日号