息子のいないリビングは藤原さんには広く感じられる。別居後「お母さんの存在が正直重かった」と本音を聞かされ、「別居して正解ね」(撮影/写真部・松永卓也)
息子のいないリビングは藤原さんには広く感じられる。別居後「お母さんの存在が正直重かった」と本音を聞かされ、「別居して正解ね」(撮影/写真部・松永卓也)
自室での康太君。彼同様取材した他の学生も全員自炊。「炊飯器の使い方がわからずご飯がカチカチになった」という失敗もいい経験だ(撮影/写真部・松永卓也)
自室での康太君。彼同様取材した他の学生も全員自炊。「炊飯器の使い方がわからずご飯がカチカチになった」という失敗もいい経験だ(撮影/写真部・松永卓也)

 相変わらず学生を取り巻く就活事情は厳しい。そんな就活戦線を乗り切る「就活力」を身につけるのに有効なのが、実は「一人暮らし」だという。実家が通学圏内にあってもあえて一人暮らしさせることで自活する力がつき、就活にも役立つというのだ。

 千葉市在住の藤原睦美さん(52)は、4年生の息子が7月に希望企業の内定をゲット。

「生きていく力はある子だと思う。自活し始めてから、たくましくなりました」

 早稲田大学教育学部の長男康太君が通うキャンパスは自宅から1時間弱と通学圏内。だが、藤原さんは、大学進学と同時に、息子を自活させることにした。

「自分で朝も起きられない子でした。何とかしないとと思って」

「藤原家自立計画」第1弾は、同じ早大生だった2歳上の姉との同居だった。中野新橋駅近く、築30年2部屋のアパート。親負担は家賃10万円と各々の携帯代のみ。生活費は、月5万円の奨学金では足りないため、康太君は授業終了後の夕方から居酒屋のアルバイトに励んだ。

 ところが、店の混み具合によっては早朝5時まで及ぶことがあり、午前中の授業はアウト。体がもたず、少しずつ大学から足が遠のいた。

「彼女でもできたのか…。友達と遊んでばかりで単位も取れないなんて情けない!」

 母はすぐさま自立計画第2弾としてドイツ留学を提案した。留学は究極の親子別居になる。それなのに返事は「友達と離れるなんて絶対嫌だ!」。はあ?自立させたい母からすれば、息子から失望感の倍返しを食らった気分だった。が、母はここで粘った。「留学、カッコイイかも!」と、留学の良さを訴え、ノリやすい性格の息子を落とした。2年秋からドイツへ。1年間の留学中、一度財布を失くし「どうしよう」と泣きついてきたが「日本にいるお母さんに何ができるの?」と突っぱねた。翌日、LINEで「お騒がせしました」と送られてきたときは、鼻の奥がツンとした。

 第3弾は画策せずとも本人から希望してきた。帰国後、同級生と東京・国分寺の築20年のシェアハウスで自活を始めた。家賃も自分で出すという。「お母さん、社会って厳しいね」の言葉を聞いたときは、「成長したなー」と実感した。今では、かわいそうとか、何とかしてあげたいという感覚はない。

「息子が自立したというよりも、私が息子から自立したのかもしれません」

 実は康太君、早稲田大学高等学院では名門アメリカンフットボール部だった。が、全国切符を逃し自信を失ったのか、アメフトの強豪早稲田大ではプレーしなかった。続けてほしいと願っていた藤原さんだが、知人からアドバイスを受け、ぐっとこらえた。

「親が自分の夢を押し付けて覆いかぶさったら、子どもはつぶれてしまうよ」

 親として大きな気づきだった。

「今は受験もスポーツも就活も、婚活までもが親がかり。私もそうなっていたかもしれない。あのまま同居していたら、今日はどうだった?と就活に干渉して成長を阻害していたでしょう」

AERA  2013年9月23日号