AM6:28起業は韮澤さんにとって10年来の夢。早朝の人けのない海岸で構想を練る。海の家経営で得た利益は、起業家の事業に投資する計画だ(撮影/今村拓馬)
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起業は韮澤さんにとって10年来の夢。早朝の人けのない海岸で構想を練る。海の家経営で得た利益は、起業家の事業に投資する計画だ(撮影/今村拓馬)
AM6:45早朝の江ノ電でつぶやく。実は、海岸で長居をしたため、ギリギリのタイミングで発車に間に合った(撮影/今村拓馬)
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早朝の江ノ電でつぶやく。実は、海岸で長居をしたため、ギリギリのタイミングで発車に間に合った(撮影/今村拓馬)
AM7:22鎌倉駅で降りて鶴岡八幡宮へ。「五体満足で仕事ができることに感謝し、自分の志なども報告しました」(撮影/今村拓馬)
AM7:22
鎌倉駅で降りて鶴岡八幡宮へ。「五体満足で仕事ができることに感謝し、自分の志なども報告しました」(撮影/今村拓馬)

 出社前にカヌーに乗ったり、登山をしたり…様々なアクティビティーをしてから職場に向かう「エクストリーム出社」が話題になっている。発案者は、テレビ番組制作会社に勤める天谷窓大さん(29)とその親友の椎名隆彦さん(34)。現在はアクティビティーの内容に加えて、移動の距離と手段、写真や文章を駆使したツイッターでの発信力を競う大会も開催している。その魅力はいったい何なのか。参加者を追った。

 インターネットで見つけた「エクストリーム出社」の文字。そこをクリックした韮澤修一郎さん(33)は驚いた。

「なんて馬鹿な人たち。でも、超面白い」

 アップされていた画像のどれも、出勤前の光景とは思えず、確かにエクストリーム(過激)だった。全国大会が9月2日に開かれるようだ。一週間のうちで最も憂鬱な月曜日。だが、心はすでに決まっていた。

「大会に参加する。行くなら江の島だ」

 韮澤さんは東京都大田区に住むシステムエンジニア。東京駅近くにある勤務先に出社するのは午前9時半。普段は8時過ぎに起きるが、大会当日は4時に起床した。5時前には最寄り駅に、ワイシャツにスラックス姿、PCなどが入ったブリーフケースを手に現れた。いつものスタイルだが、目的地はいつもと違う。その高揚感から、思わず顔がほころぶ。

「やっぱ、朝の空気は清々しいですね」

 駅のホームでスマホを取り出し、到着した電車をパチリ。大会参加者は競技中、ツイッターで自分の動向をつぶやき、審査員や観衆にアピールする。敬意を込めて「出社ニスト」と呼ばれる参加者たちも、端から見れば「寄り道」をしている人である。大会のルールで、業務開始までに出社できなければ失格。社会人としての規範意識が乏しい人間に、エクストリーム出社を語る資格はないのだ。

 順調にスタートを切ったが、乗り換え時間という名のハードルが立ちはだかったのは、JR大船駅でのことだ。湘南モノレールまでの距離が長く、予定していた電車の発車時刻まで、タイムリミットは6分。走ってたどり着いた改札で、今度はICカードが使えない。券売機に1万円札を突っ込んだ韮澤さんは、つり札を取るのももどかしい様子で車両に飛び乗った。肩で息をし、額から汗が噴き出た。

「これはスポーツですから」

 その横顔は既に「出社ニスト」だった。

 育児と仕事、ワークライフバランスの観点からエクストリーム出社に意義を見いだす人もいる。IT企業の役員を務める傍ら、「イクメンター」を名乗り、男性向けに仕事と育児を両立させるノウハウを説く宮本和明さん(40)。

「育児しながら仕事をするには、生活時間改革が必要なんです。エクストリーム出社は、その最高のトレーニングになる」

 自身は7歳の長女と公園に出掛け、シーツをキャンバスに絵を描いた。「嫁入りの時に持たせようかな」と思うほどの出来。いつもは慌ただしさで消え去ってしまう出社前の時間が、かけがえのないものになった。

AERA 2013年9月16日号