NYの小さな事務所で1人仕事をするサスーン氏。記者とのやりとりは電話だけ。ジャーナリズムを専攻し、リサーチ職から報道に復活したのはオンラインのお陰(撮影/津山恵子)
NYの小さな事務所で1人仕事をするサスーン氏。記者とのやりとりは電話だけ。ジャーナリズムを専攻し、リサーチ職から報道に復活したのはオンラインのお陰(撮影/津山恵子)

 名門報道機関でさえ注目するオンラインメディアが次々と誕生している米国で、また新たなメディアが登場した。環境問題に特化し、編集部を持たない「新世代」である。

 その名が一躍広まったのは、今年4月。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナルに続き、突然聞いたこともない名前が飛び出した。

「インサイドクライメット・ニューズ(以下ICN)」

「気候問題のインサイド」というブログかと思うような報道機関の名が出たのは、米ジャーナリズム界で「卓越した」報道に贈られるピュリツァー賞の発表の場。ICNは創立からたった5年で国内報道部門を受賞した。

 ICNはあらゆる面で賞常連の新聞社とは違う。紙面を持たないオンラインのみのニュースサイトで、気候・環境問題しか記事にしない。発行人や記者を含めて社員は7人だけで、ニューヨーク、ワシントン、ボストン、サンディエゴ、イスラエルのテルアビブの5都市の自宅で作業する。「編集部」がないという前代未聞の報道機関だ。

 受賞記事は「ディルビットの惨事 知られざる最悪の石油漏洩事故の真実」。2010年7月、中西部ミシガン州などで、カナダからの石油パイプラインから、ディルビットと呼ばれる最悪の品質の石油が流出。ピーナツバター状の黒い物質が住宅の緑の芝生や小川を覆い、周辺住民は身の回りのものすら持たずに避難した。液体状の石油流出と思って駆けつけた衛生局担当者は、異様な黒い有害物質を見て愕然としたなど、インパクトがある写真などはない記事にもかかわらず、ぐいぐいと惹きつけられるルポだ。

 事故の結果、同州で150世帯が永久に自宅を失い、川底に沈んだディルビットを取り除くのに約3年もかかった。流出量100万ガロン(約380万リットル)と北米最大のパイプライン事故になったにもかかわらず、事故当初はICNも含めてどこも報じなかった。1年後に初めて現場に行ったICN記者が川底からまだディルビットをかき出している作業に驚き、記事化が決まった。

 記事は、全米に張り巡らされたパイプラインに流れているディルビットという物質の恐ろしさを暴き、米主要メディアに一目おかれた。ICNは大手通信社や英有力紙ガーディアンと提携しているので、記事は多くの新聞に掲載される。ディルビットという誰も知らなかったエネルギー業界用語も、多くのメディアが使い始めた。

 記事を手がけたのはICNに所属する環境問題ジャーナリズムを専攻した若い記者や、大手新聞社でエネルギー問題についての調査報道を長年手掛けていた記者、気候問題を追究していた元フリーランス記者だ。いずれも専門性の高い分野のジャーナリストだが、まさか自分がピュリツァー賞を獲得するとは思っていなかっただろう。ICN自体はNPOで、取材活動費は慈善団体からの年間55万ドルの寄付金でまかなっている。

 発行人デビッド・サスーン氏は、「これまで米メディアは、気候変動問題についてきちんと伝えることに失敗してきたから、無党派、非営利で気候変動について伝える上質のジャーナリズムのモデルを築こうと思った」と話す。

AERA 2013年9月9日号