幼児には必ずと言っていいほど、アンパンマンにはまる時期がある。映画館には親子連れが詰めかけ、子どもたちが踊る姿も見られた(撮影/村上宗一郎)
幼児には必ずと言っていいほど、アンパンマンにはまる時期がある。映画館には親子連れが詰めかけ、子どもたちが踊る姿も見られた(撮影/村上宗一郎)
最新映画には、象の男の子パオが登場。アンパンマンは、世界で最もキャラクターが多いアニメシリーズとしてギネス認定されている(撮影/村上宗一郎)
最新映画には、象の男の子パオが登場。アンパンマンは、世界で最もキャラクターが多いアニメシリーズとしてギネス認定されている(撮影/村上宗一郎)

 94歳の原作者・やなせたかしさんが生み出す国民的なアニメ、アンパンマン。幼児だけでなく、大人の心も癒やす。今の社会や人生を見つめ直す、深い哲学が詰まっている。

 現在のアンパンマンにつながるキャラクターが生みだされたのは1973年。その時から一貫しているのは、困った人に顔の部分のアンパンを差し出し、助けるという設定だ。そこに込めたのは、やなせさん自身が戦争を経験したからこそ、人生をかけて伝えたいと思ってきた哲学だ。

「作品を通してずっと描いてきたのは、正義とは何か、本当の強さとは何か、ということなんだよね。当時流行していたヒーローものは、正義の味方が現れて怪獣をやっつけるというものが多かった。だけど、それを見ながら僕は思ったんだよ。怪獣側に言わせれば言い分があるんじゃないかと。生きるための自然を次々と破壊されて、ビルなんかが建てられてしまったんだから、暴れるのは当然だと言いたかったんだと思う。つまり、どちらの側から見るかで、正義は真逆になる。正当性なんてものはない。

 本当の正義というのは、相手をやっつけるということではないんだよ。そこにひもじい人がいれば一切れのパンをあげる、そこにおぼれそうな人がいれば助けてあげるということ。そして、それをやる人は非常に強い人かといえば、そうじゃない。例えば、線路に落ちた人を助けようとして自分が死んでしまった人がいる。この人はごく普通の人。ただその時に、それをせずにはいられなかった。決して強くはない人が、自分が傷つくことも覚悟して、それでもやらずにはいられない、それこそが正義だと思う。

 アンパンマンはちょっと水にぬれただけで弱ってしまって、すぐジャムおじさんに助けを求める。史上最弱のヒーローなんだ。我々と同じで非常に弱い。弱いんだけど、どうしてもやらなくちゃいけない時は、自分を犠牲にしてでも戦う。それが本当の正義だし、本当の強さだと僕は思っている」

 だからこそ、やなせさんはこだわる。アンパンマンは武器を使わない。特殊な光線を出したりもしない。戦う時は常に自分の力だけだ。

AERA 2013年7月29日号