にぎやかなことが好き。映画の完成披露試写会では、ステージ上で歌を披露した(撮影/写真部・慎芝賢)
にぎやかなことが好き。映画の完成披露試写会では、ステージ上で歌を披露した(撮影/写真部・慎芝賢)

 映画化25 作目の作品は、今の日本が直面する現状をどこか想起させる──。なんて言うと、社会派超大作について語るようだが、話は子どもたちに大人気のアニメ、アンパンマンの最新映画についてだ。

 ばいきんまんが作りだしたメカ、スゴイゾウが想定外に暴走しはじめ、街中をめちゃくちゃに破壊し、汚泥を撒き散らす。アンパンマンはボロボロになりながらもスゴイゾウに素手で立ち向かい、それを見た、子象のキャラクター、パオが勇気を出して応戦する。パオが鼻から吹き出す「希望のハンカチ」が、街中をクリーンにするというストーリーだ。

「想定外の暴走」は、人間がどんなに先端技術を駆使しても、立ち向かえない大震災のようだ。ハンカチが街をキレイにしていくところは、東北の復興の歩みを思わせる。実際に、原作者のやなせたかしさんは映画のテーマを「大気汚染や放射能による土壌汚染」と話す。

 やなせさんは、人一倍、震災に対して思い入れがある。90歳を過ぎて体調を崩し、そろそろ引退しようと考えていた。その時、震災が起きた。「被災者のことを考えたら引退なんて言っていられない」と思った。

 そんなとき、被災地からニュースが流れてきた。ラジオから聞こえてきた「アンパンマンのマーチ」に、傷ついた子どもたちが元気づけられ、被災者が一斉に歌い、笑顔を取り戻している、と。

「このニュースにはびっくりしたね。本当にうれしかった。アンパンマンのマーチの歌詞は実は、アニメの中で一番難しい。だって、子ども相手に、何のために生まれて、何をして生きるのかと聞くんだから、こんなの幼児番組の歌じゃないんだよ。子どもは歌ったりしないんじゃないかと思っていた。でも、子どもたちにはちゃんと伝わっていたんだね。

 僕は長年、幼児向けの作品を作ってきたけど、子どもが喜びそうなものをすり寄って作ったことは一度もない。子ども向けだからと、内容を加減したこともない。

 一つは幼児番組というのは、実は視聴者層は大人だとわかっているから。赤ちゃんは自分でチャンネルを選べないから、決めるのは親。映画館でも、映画を見てお母さんが感動して喜ぶと、それを見て赤ちゃんも喜ぶ。へその緒が切れても、お母さんと赤ちゃんはつながっているんだね。だから、大人にちゃんと伝わる作品を作らなければ意味がないとずっと思ってきた。

 そしてもう一つ、実は子どもはばかにできないことを僕は知ってる。アンパンマンを最初に発表した時に、批評家には散々批判された。こんな弱々しいヒーローがウケるわけないと言われてね。でも、アンパンマンは面白いと言いだしたのは、3歳くらいの子どもたちだった。子どもは純粋で何にも知らないからこそ見抜けるんだと思う」

AERA  2013年7月29日号