電撃訪問として注目を集めた「飯島訪朝」。その陰には、北朝鮮軍部と太いパイプを持つ在日商工人の存在があった。

 短髪、深く刻まれたシワ、細く鋭い眼光。神奈川県に住む彼が日本を発ち、中国・北京空港に降り立ったのは、5月下旬のことという。70代のこのA氏が北京にとどまったか、北朝鮮に向かったかは不明だ。だが彼の北京入りから間もなく、北朝鮮から朝鮮労働党関係者がひそかに北京入りしたとの情報がある。

 この有力情報が捨ておけないのは、A氏が飯島勲・内閣官房参与の電撃的な訪朝(5月14~17日)のキーマンだったからだ。飯島氏の訪朝中に彼も平壌(ピョンヤン)に滞在した。「安倍官邸の密使」といえる彼が北京に入ったとなれば、飯島氏の訪朝を機に水面下の日朝接触が早くも始まった可能性があるのだ。

 政府関係者らによると、北朝鮮側から訪朝の打診を受けた飯島氏は、北の真意を確かめる「裏取り」を在日朝鮮人のA氏に頼んだ。A氏は日朝の連絡役を果たしたようだ。飯島氏はもう1人使ったが、そちらは日本人だったという。

「米情報機関とも接点を持つロビイスト」とも評されるこのA氏は日本生まれで中央大学法学部卒。朝鮮総連の経済局にいた時期もあるが、その後組織を離れ、北朝鮮との貿易を主とする商社を設立した。

 1972年、北の工作船が上陸するとの情報を得た公安当局が新潟・佐渡で張り込み中、潜んでいたA氏を見つけ外国人登録証不携帯の容疑で逮捕。84年には北に中古漁船を不正輸出したとして船舶法違反などの疑いで逮捕されている。だがそれは、「A氏には北朝鮮の信用を得る勲章になったようだ。彼は朝鮮総連と全く別の太いパイプを北朝鮮軍部と持ち、西の某、東のAと呼ばれるほど北に食い込んだ」(朝鮮総連関係者)

 2002年9月の「小泉訪朝」につながった一連の日朝接触で最初の密使となったのもこのA氏とされ、飯島氏は当時小泉首相の首席秘書官だった。

AERA 2013年6月10日号