施行から66年、一言も変更されなかった「日本国憲法」が、ついに改定されるのか。自民党の改憲案にはどんな意味があるのか。AERA編集部では憲法学者8人にアンケートを実施。改憲への考えや、自民党案の評価を聞いた。

アンケートの質問と回答
 
■アンケートの質問項目
Q1 現在の衆院議員の任期が満了する3年以内に憲法が改定されると思うか。
Q2 改憲に賛成か反対か。その理由。
Q3 自民党の憲法改正草案の各項目についての評価。9条 (首相を最高指揮官とする国防軍の保持、領土等の保全等)権利 国民の権利や表現の自由の「公益」や「緊急事態の宣言」による制限
Q4 現行憲法の問題点は。

■憲法学者8人の回答 

◆東京大学教授・長谷部恭男

 『最大の問題は強すぎる参院』 

Q1 <その他>(可能性は否定できないが困難であろう) 改正に進むには、次の参院選では公約として掲げる必要がある。それが自党にとって有利と考える政党がどれほどいるかが問題。両院の3分の2を単一の改憲案での合意に導くことも容易ではない。
Q2 <その他>(改憲一般の賛否を尋ねることには意味がない)
Q3 <9条>なぜ変えようとするのか不明。
   <権利>社会全体の利益、つまり公益によって憲法上の権利の制約が正当化されうることは、現在でもその通りである。取り立てて憲法に書き込むほどのことでもないであろう。ドイツのように連邦制国家で立法権が中央と州に分かれているわけでもない日本で、わざわざ「緊急事態」に対応する憲法上の措置が必要かは疑問である。
Q4 最大の問題点は、強すぎる参議院の存在であろう。
 

◆学習院大学教授・青井未帆

 『自衛隊から国防軍、百八十度の大転換』

Q1 <その他>(可能性はある) 思うとも、思わないとも確定的にいえないが、もしかすると改定に至ることはありうると考える。
Q2 <その他> 改憲一般であれば、改憲条項が憲法に存在する以上、賛成でも反対でもない。今次の改憲論議についていえば、大いに疑問を持っている。
Q3 <9条>現行憲法下での自衛隊から、その性質が百八十度、大転換する。国防軍とする場合、これまでのように、一般行政事務のなかに防衛作用を入れ込むことは、論理上困難となる。どのようにコントロールがなされるのか。草案は、内閣総理大臣が最高指揮権を持つということ、「法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する」等とするが、国家の統治構造の中で防衛作用に係る諸権限がどのように配置され、権力がコントロールされるのか明らかではない。大日本帝国憲法の下での大失敗を前提としたときに、天皇条項にある「不文の権限根拠」と併せ、大いに懸念される。
  <権利>草案の基本的人権に関する条文を眺めるに、その想定する「自由」の観念は、立憲主義の目的である「自由」という観念とは、意味を異にしている可能性があると考える。一人ひとりの個人を尊重するためには、当然、人権が無制約であるはずがない。だからこそ、人権を制約し調整するための法律を作る手続きを、憲法で定めているのである。そしてその際、立法権は憲法の謳う基本的人権を守らなくてはならないのである。つまり、憲法の目的である「自由」は、国家のなしうる限界を示している。これに対して草案は、法律レベルでの「権利-義務」というように、自由を捉えているように思われる。
Q4 緊急の課題はない。強いて言えば、二院制(アイヌ民族代表制論を含む)及び天皇条項と考える。
 

◆日本大学教授・蟻川恒正

 『改憲なくても政治課題は解決』

Q1 <思わない>憲法改正は短兵急になされうることではなく、人々の生活の切実な要求から生まれる政治的争点にはなり難いものである。改憲を真剣に考えれば、政治家も、国民も、そのことに必ず気づくはずである。
Q2 <反対>今日の政治過程には他に解決すべき政治課題は山のようにある。改憲によって果たそうと目指されている政治課題も、改憲に訴えることなく果たしうる可能性は大いにある。
Q3 <9条>周辺諸国との摩擦・軋轢、ひいては軍事上の衝突の危機を今以上に増大させることにつながりうる。したがって、それを回避するための努力が十分に奏功していない現在の状況下では、かえって目的阻害的に働く可能性も小さくないことを考えるべきである。
   <権利>必要な制限は、現在の憲法のもとでも、真に必要である限り可能であり、改憲してまで明記する必要はない。それにもかかわらずこの目的での改正をするとしたら、それは真に必要な範囲の制限を超えた意図を達するためではないかとの推量の余地を生じさせる。
Q4 現行憲法とは憲法典のテキストのことではない。憲法の運用である。主として担っているのは、裁判官、国会議員を含めた公務員であり、広くいえば、法律家共同体である。今日までの憲法運用に大小さまざまの問題があることは事実であるが、テキストとしての憲法典の改変をしなければ彼らに憲法の適切な運用を期待しえないほどの問題点はない。日本の法律家は、憲法に直接訴えることなく案件を処理する傾向が一般には強いが、多くの法律家は、日本国憲法の基底的な価値判断(個人の尊厳にもとづく国家・社会の運営)を基本的に受け入れ、明示的に依拠していないときでも、暗黙に前提としている。私は、そういう日本の多くの法律家の法実践を信頼している。
 

◆慶應義塾大学教授・小林節

 『あまりに空想的で無視される9条』

Q1 <思わない>安倍首相は参院選で勝利し、改憲を提案しようとするだろうが、その提案の内容が悪く、世論の反発を受け断念するか、国民投票で否決されるだろう。
Q2 <その他>(改正には賛成だが「改悪」には反対) 憲法は主権者国民大衆が権力者を管理する手段だから、国民の自由・豊かさ・安全(平和)を増す方向の改正は可だが、その逆方向の改悪は不可。
Q3 <9条>世界の常識にかなっている。「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」(現前文)できない現実を直視すれば、シビリアンコントロール下の軍隊を持ち、国(領土・国民・主権)を侵略から守る体制を整えるのは当然のことである。
   <権利>これも世界の常識にかなっている。現憲法も12条・13条で、権利濫用を禁じ、人権も公共の福祉(公益)に従うべきことを明記している。要は運用の問題で、常に権力を監視すべきである。
Q4
・何よりも9条の下で海外派兵(イラク・アフガニスタン)を許してしまえたのがおかしい。あまりに空想的だから無視されるのだ。だから(1)侵略戦争放棄(2)自衛権保持(3)国連からの要請と国会の事前承認を条件とした国際貢献を「明記」したらよい。
・92条で「国が法律で許す限りの地方自治」という趣旨が書かれているので、真の地方自治など実現するはずがない。
・議員定数の不均衡も憲法が単に「平等」だけを求め、その平等の「具体的内容」を書いていないため、裁判所は違憲認定以上に踏み込めず、結果として、国会のサボタージュを許してしまうのだ。

 
◆東京大学准教授・宍戸常寿

 『国防軍の国連参加、集団的自衛権超える』

Q1 <思わない>他の諸課題が山積していること、政治プロセスが流動化・不安定化していること、一票の格差により国会自身の正統性が問われていること等から、難しいのではないか。
Q2 <その他>(改憲への賛否はその具体的内容・趣旨に依存するため、一般的に答えることに意味がない)
Q3 <9条>自衛隊の名称を「国防軍」に変えるだけであれば、憲法を変えるほどの意味はない。実際の意味があるのは、(1)国会の承認(2)国連の諸活動への参加(3)軍法裁判所に相当する審判所の設置について定めたこと。(1)は実力の民主的コントロールとして非常に重要な規定だが、後の緊急事態条項を見ると、骨抜きが懸念される。(2)は国連憲章上の強制措置への参加を可能とするものだが、これまで議論の多かった集団的自衛権を超えるもので、その当否をしっかり議論すべきだろう。
   <権利>現在の憲法における「公共の福祉」の一般的理解によれば、それが「公益ないし公の秩序」と改められても、大差ない。法律が公益ないし公の秩序を掲げたからといって、憲法上の権利が直ちに制限できるわけではなく、最終的には裁判所のチェックが必要な事情は変わらない。そのこと自体を変えようとするのであれば、日本が民主集中制の独裁国家クラブに加盟する、と宣言するようなものだ。
Q4 人為の所産である以上、現行憲法に全く改善点がないはずがない。例えば、国会両院の構成は公職選挙法ではなく憲法で大綱を定めた方が良いのではないか。いずれにしても、他の課題にかけるべき多大な政治コストを優先的に投入してまで解決しなければならない問題かどうか、真剣に検討されるべきだろう。
 

◆上智大学教授・高見勝利

 『「違憲議員」に改憲はできない』

Q1 <思わない>昨年12月の衆院選を「違憲・違法」とする高裁判決が相次いでおり、最終的に最高裁でも同じ判断が下るものと考える。この見通しが誤りでないとすれば、いまの衆議院議員は憲法上「正当に選挙された」代表者でないということになるので、違憲議員の汚名をそそぐことが優先されるはず。前例を考えれば、任期満了といったタイムスパンでの議員活動はいまの衆議院議員に関しては考えられない。任期満了を前提とする3年以内の憲法改正はあってはならないと思う。
Q2 <その他>「改憲」の趣旨が現在、自民党案等で提示されているような内容のものであれば、「反対」。ただ、一般論なら、憲法は改正規定を備えているので、そのときに提示された憲法改正の内容について、「賛成」「反対」の評価を下すべきものと理解している。
Q3 <9条>改憲のいわば本丸。この9条の改正さえ実現できれば、悲願達成というか、満願というか、彼らにしてみれば、あとの改正部分は、基本的には、どうでもよいのではないか。
   <権利>憲法ないし公法上の概念としての「公共の福祉」と民・刑事法上の概念としての「公益」「公の秩序」の違いすら理解できていない点が致命的。緊急事態宣言に関する部分は、明治憲法の規定と比較してもはるかに非立憲的、非民主的。いまどきこのような形の規定が憲法に明記されたら、世界中の物笑いの種になるだろう。
Q4 憲法は常に問題をかかえているので、ここで列記しても意味はない。生起する憲法問題を解釈や運用のあり方を示すことで、解決していくことが我々の仕事だし、問題の大半はそれで対応できる。もちろん、解釈・運用では限界があるので、どうしても憲法の成文を改正しなければ先に進めないという場合にだけ、明文改正を語ればよい。

 
◆早稲田大学教授・水島朝穂

 『権利自由の制約、饒舌で悪趣味 』

Q1 <その他>(なんともいえない) 7月の参議院選挙の結果により変わってくる。このような問いを憲法研究者にすること自体がどうかと思う。
Q2 <反対>改憲に賛成・反対という問い方自体に疑問。憲法には憲法改正条項があり、一般的に賛成・反対を問うのはおかしい。いかなる条文を、どのように変えることに賛成か、反対かを問うべきである。とはいえ、現段階での改憲が9条を最大の目標としており、9条改憲に反対という立場なので、ここでの答えは「反対」となる。
Q3 <9条>今日において、各国の軍隊が国土防衛から多機能的なものに変移しているなかでは、「国防軍」というターム自体もアナクロニズム。現行憲法9条の立場を堅持する立場からすれば、改正案のすべてに反対。
   <権利>権利自由の制約文言が異様に饒舌で、二重、三重の網をかぶせる仕方は悪趣味。緊急事態の類型がアバウトで、緊急事態の立憲主義化(1968年ドイツ基本法第17次改正)の方向にも反する危うさをもつ。
Q4 現行憲法の問題点をあれこれ論ずる以前に、そもそも憲法とは何かについての共通の了解もなしに、憲法を改正する議論が前のめりで進んでいるこの国の政治の劣化こそ問うべきである。立憲主義を軽んずる傾向が生まれていることは由々しきことだ。
 

◆高崎経済大学教授・八木秀次

 『「国防軍」明記は法治主義の徹底 』

Q1 <その他>まずは憲法改正要件の緩和が行われるはず。
Q2 <賛成>現行憲法は第2次世界大戦の敗北後の占領中に、しかも米ソの蜜月期に制定された。当時、我が国は米ソを含む連合国の共通の敵という位置づけだった。その後、我が国はサンフランシスコ講和条約を批准して国際社会に復帰した。我が国はアメリカを盟主とする自由主義陣営の一員となったのである。現行憲法は戦後まもない時期の国際秩序である「ポツダム体制」を前提に制定されており、当然のことながら、その後の「サンフランシスコ体制」という新しい国際秩序に対応していない。我が国の現在の国際的役割や立脚する価値観を反映したものに改正すべきである。
Q3 <9条>領土等の保全は主権国家としての当然の役割。「国防軍」という名称も自衛隊を実態に合わせて国内法としても軍隊として位置づける趣旨。憲法で「戦力」の不保持を明記しながら、自衛隊を持つことの方が不誠実であり、法治主義を徹底したものと捉えるべき。首相を最高指揮官とするのはシビリアンコントロールを憲法上明記し、他の者による統帥を排除する趣旨である。
   <権利>「公益」は「公共の福祉」を言い換えただけ。現行憲法下での権利制限に関する判例を踏襲するのは当然であり、平時においては現在と実態は変わらないはず。ただし、緊急事態における権利制限は平時とは異なり、現行憲法が緊急事態を想定していないことから、その欠陥を補う趣旨である。
Q4 Q2に加えて、現行憲法は社会契約説一辺倒で、諸外国の憲法が一般的に有する国家を歴史的な共同体とする視点に欠けている。前文でそのことを明記すべき

AERA 2013年4月8日号