再登板の安倍晋三首相にとって、憲法改正は悲願だ。6年前の第1次内閣は、改憲に向けて国民投票法や「愛国心」条項を設けた改正教育基本法を成立させたものの、病気であえなく退陣。だが現在、衆院の自民党は圧倒的多数の議席があり、アベノミクス効果で党も内閣も歴史的な高支持率だ。自民党が参院選で改憲を掲げて勝利すれば、首相が「占領時代に作られた仕組みを私たちの手で変えていく」という大願成就へ勢いづくのは間違いない。

 自民党は昨年4月に「憲法改正草案」をまとめた。当時は野党で、自民党の「思い」が存分に反映された。自衛隊を「国防軍」に改め、表現の自由の制限や緊急事態での国民の義務などを盛り込み、「公の秩序」を強調。前文の「長い歴史と固有の文化」「天皇を戴く国家」「国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」「和を尊び」「家族や社会全体が互いに助け合って」といった表現も、「保守」色が全開だ。

 施行から66年、一言も変更されなかった「日本国憲法」が、ついに改定されるのか。自民党の改憲案にはどんな意味があるのか。AERA編集部では憲法学者8人にアンケートを実施。改憲への考えや、自民党案の評価を聞いた。

 自民党は昨年の衆院選で圧勝した。まず聞いたのが、現在の衆院議員の任期中に改憲が実現する可能性だ。
 
◆「96条」が突破口
 安倍氏のブレーンの八木秀次・高崎経済大学教授は「3年以内では憲法96条の改正にとどまり、実体を伴う条文の改正はその後になるのではないか」という「2段階論」を展開する。
 国防軍の設置に必要な9条の改定は安倍氏の持論だが、連立相手の公明党が反対していることもあり、再登板後は「ガマン」に徹している。突破口と位置づけるのが、「衆参両院で3分の2以上の賛成」という改憲の発議要件を定めた96条だ。与党・公明党内に容認論・慎重論はあるが、日本維新の会、みんなの党などは賛成で、民主党にも賛成論がある。96条に絞れば、参院選後には「両院で3分の2」が達成できる可能性がある。改憲の発議を「過半数の賛成」でできるようにハードルを下げ、次に「国防軍」など本格的な改憲へと進む考えだ。
 ただ、あくまでも「参院選の結果次第」ではある。第1次内閣でも2007年の参院選が致命傷となったように、安倍氏にとって参院選は「鬼門」だ。
 さらに最近、高裁で「違憲」「選挙無効」などの判断が相次ぐ「一票の格差問題」も影を落とす。高見勝利・上智大学教授は「違憲の疑いのある議員は憲法改正を議論する適格性を欠く」と指摘する。
 
◆立憲主義にそぐわない
 では、自民党の改憲草案をどうみるか。
 改憲に賛成の八木氏は、「我が国が自由、民主主義、法の支配、市場経済という価値に立脚する国家であることを明確にしている」と評価する。
 一方、宍戸常寿・東京大学准教授は、草案が「法の下の平等」を定める14条に「障害の有無」による差別禁止を追加したことを例に、「日本国憲法の文言を手直しする点、障害による差別を禁止する点は、正当に認めるべきだ」と評価しつつも、「個人主義の色彩を弱めたり、国民に憲法尊重を義務づけたりする点は、憲法とそれ以外の法との役割分担を崩すもので、グローバルスタンダードである立憲主義の基本にもそぐわない」と指摘した。「立憲主義」とは、個人の自由を保障するために、憲法で国家権力を制限する考え方をさす。
 水島朝穂・早稲田大学教授も、「立憲主義の理解も怪しい人々が自分の思いや主張を並べたようなところがある」と答えた。基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」と規定する現行憲法の97条が削除され、「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」という「憲法尊重擁護義務」が追加されたことを問題視する。
 草案が重視したはずの「品格」についても疑問の声が。高見氏は「実に稚拙でずさんな内容。現行憲法をベースに、ツギハギ的に起草委員の思いをはめ込んだり、けしからぬと考える箇所をはぎ取ったりしているためか、全体として眺めるときわめて奇異な印象を受ける」。長谷部恭男・東大教授は、冒頭で一部紹介した草案の「前文」について、「『前文』の文章の品位には人を慄然とさせるものがある」と評した。
 
◆改正要件は厳格でない
 草案をさらに見ていこう。まず、改憲の「突破口」とされそうな「憲法改正要件(現行96条)の緩和」だ。
 「要件の緩和は必要」という八木氏は「憲法が改正できないことから、現実に対応するため、自衛隊など憲法を脇に置いた立法措置がなされてきた。これは憲法の規範力を無にする事態である。一般法との改正要件の違いは国民投票で十分」と主張。
 反対に宍戸氏は「国も州も立法権を持つ連邦制の国の憲法とは異なり、もともと日本国憲法の改正要件はそれほど厳格ではない」と指摘。「これまで改正がなかったのは主要な政党間で一致を見なかったから。それも『自衛隊は認めるが憲法9条を変えるのは怖い』などの複雑多様な民意の表れとみるべきだ」とする。
 「3分の2条項」こそ現行憲法の根幹、という考え方も有力だ。高見氏は「この規定が変えられた途端、現憲法の同一性(アイデンティティー)は損なわれる。国民が憲法改正権を行使しやすくなるから、国民主権をうたう憲法により適合的な改正だ、といった妄言に惑わされてはならない。彼らの狙いは、憲法の最高法規性をおとしめ、彼らに対する憲法上の縛りを緩めたいだけだ」と警鐘を鳴らす。
 
◆参院廃止に踏み込まず
 蟻川恒正・日本大学教授は「憲法改正という重大な提案は、その時々の政治的多数派の都合で簡単になされてはいけない。国家百年の大計を案ずれば案ずるほどそうであり、96条に体現されている賢慮を捨て去るのは、後代から見て致命的になる危険がある」と懸念する。草案を「たたき台」として評価する小林節・慶應義塾大学教授も「言語道断、立憲主義の否定。『憲法』の意味が分かっていない。権力者が憲法による統制から自由になろうとする発想自体がおかしい」と批判する。
 草案1条では、現行憲法では「日本国の象徴」である天皇を「元首」と規定する。青井未帆・学習院大学教授は、「前文の最初の文章が『……天皇を戴く国家であって』とあり、あえて『元首』という言葉を用いることは、明治憲法第4条(天皇ハ国ノ元首ニシテ……)の『元首』解釈を想起させる。草案は、天皇の政治利用の危険、ひいては統治の失敗への無責任を再び招くおそれがある」と懸念する。
 「ねじれ国会」では「強すぎる参院」が問題になった。草案は自民の党内事情に配慮して「参院廃止」「一院制導入」といった統治機構改革には踏み込まなかった。長谷部氏は「参院の権限が強いままでも、過去のように『ねじれ』に伴う党派的行動によって国政の停滞をもたらすことはなく、国会議員はみな理性的に判断し行動するというのであれば、存置で結構」と反語的に答えた。
 草案にはほかにも、表現の自由を制限する21条や、「緊急事態」での国民の義務を定める99条など、「公益」や「公の秩序」を強調する条文がある。宍戸氏は「緊急事態に名を借りた議論の封殺、際限のない権限の拡大と濫用の危険」を指摘する。
 
◆与党内でも温度差
 こうした「疑問」にどう答えるか。自民党憲法改正推進本部起草委員会事務局長の礒崎陽輔参院議員は、国防軍保持を定める「9条」の変更について、
 「9条1項の戦争放棄は厳守します。一方、今の憲法解釈でも認めている自衛権も明確に書きました。軍隊のない国は都市国家などを除けば日本だけ。普通の国家になるということです」
 と話す。「公益」「公の秩序」による権利の制限や「緊急事態宣言」については、
 「自民党らしい考え方かもしれませんが、個人の人権も大事だけれど社会の利益も大事。公益は『みんなの利益』という意味で、すぐに『政府の政策』とみるのは、ためにする反対論です。緊急事態の法制も、非常時に国民を守るため、一定の義務を受忍してもらうのが目的です」
 と説明する。だが、自民党と連立を組む公明党の斉藤鉄夫・憲法調査会会長代理は、次のように、改憲自体に極めて慎重だ。
 「新しい価値観を加える必要はあるが、現行憲法をすぐ改定しなくてはいけないという立場ではない。9条の解釈は定着しており、変更する理由はない。憲法の『名あて人』は政府で、権力を縛るものだ。こまごまとした義務は下位の法律で書けばよく、憲法に掲げる必要はない。憲法改正要件の緩和も、私自身は反対。国の制度の根幹は簡単に変えるべきものではない」
 とはいえ、安倍氏のリードによって改憲は現実味を増しつつある。維新など「改憲勢力」も国会で力を伸ばしている。自民党憲法改正推進本部の中谷元・事務局長は意欲を見せる。
 「現行憲法は、連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で制定された。国民の自由な意思が反映されていない。日本人が憲法は自らのものであるという意識を持つためにも議論を進めたい。まずは96条から、憲法改正を国民に提案しやすいものにしよう、という議論を進めていく」
 かつては神学論争にもたとえられた改憲論議。もし憲法改正が発議されたら、「主権者」である我々国民は、冷静に判断する必要がある。

AERA 2013年4月8日号