今、都内に65%という原価率ながら、売り上げを伸ばしている話題のフレンチ料理店がある。

 平日の午後3時。東京・銀座。一カ所だけ人だかりができていた。立ち飲みフランス料理店「俺のフレンチGINZA」だ。開店1時間ほど前から約50人が列を作る。フォワグラコンフィ980円、穴子とウニクリームのテリーヌ680円など、高級料理を低価格で食べられることが話題で、系列の「俺のイタリアン」を含め、今もっとも予約が取れない店になった。

 社長の坂本孝(72)は、とにかく飲食業界の“常識の逆張り”を追求した。長引く飲食不況で、業界では料理の原価を抑えて利益を上げる常識が定着していた。しかし「俺の」では、原価率は65%。坂本の口癖はこうだ。

「料理の質を追求するために、食材にはカネをジャブジャブ使え!」

 銀座周辺に系列店が7店という集中出店も業界の非常識だ。通常なら客の取り合いになるから避けるが、はしごできる店にすれば効果は倍増すると考えた。

 坂本は2009年、失意の中で飲食業に乗り出した。坂本は「ブックオフコーポレーション」の創業者。その2年前、不正会計の告発記事がきっかけで、会長職を退任していた。

 突然異業種に飛び込んでもすぐに結果は出ず、引退することも考えた。だが、再び本腰を入れたのは、8歳年上の尊敬する経営者、稲盛和夫がJALの再建を引き受けたからだ。

 成功の最大の原動力は人材だ。ミシュランに名を連ねる名店で勤務経験があるシェフを、人材紹介会社を通して集めた。将来が未知数の企業に人材を引き寄せたのは「夢」と「数字」だ。

 坂本は転職を迷うシェフたちに、銀座を制覇して、ゆくゆくはニューヨークでも成功しようと、熱く夢を語った。成功の根拠を数字でも示した。いくら原価率が高くても、客の回転率を上げれば利益が確保できると説明。数字を証明するかのように、1号店は、1カ月で1900万円の売り上げを上げた。

AERA 2013年4月29日号