20万部のベストセラー『困っているひと』に著者の大野更紗さん。難病を抱えながらも作家活動を続け、新聞や雑誌などに計5本の連載を持っている。続編も執筆中(撮影/写真部・慎芝賢)
20万部のベストセラー『困っているひと』に著者の大野更紗さん。難病を抱えながらも作家活動を続け、新聞や雑誌などに計5本の連載を持っている。続編も執筆中(撮影/写真部・慎芝賢)

「困ってる!」をさらけ出した難病女子の記録が、20万部のベストセラーに。人と人とを面白くつなぐ「弱さのチカラ」から今、目が離せない。

 2011年、20代の無名の学生が書いた、ちょっと風変わりなノンフィクションがベストセラーになった。難病患者の生活を綴った、大野更紗さん(28)の『困ってるひと』(ポプラ社)だ。売り上げ部数は20万部にものぼる。

 大野さんは、筋膜炎脂肪織炎症候群と皮膚筋炎という、原因不明の二つの病に襲われ、診断がつかずに医療機関を1年も放浪するはめになった。その後は「生き検査地獄」の入院生活が待っていた。大野さんは自虐っぽく、本の中で自身を「難病女子」として登場させた。少々の毒とユーモアを交えながら「難」とのバトルを克明に描いた。今は退院したものの、一日25錠の薬を飲み、ヘルパーの支援を受けながら、生活と執筆活動を両立している。

 これほど反響があったのは、未曽有(みぞう)の震災を経た社会の側に価値観の転換があったから。大野さんはそう考えている。

「がけっぷちみたいな私のストーリーを『自分のことだ』と読んでくれた方がいました。病を得てからの私は、『ハウルの動く城』みたいな、ツギハギだらけで、今にも壊れそうな鎧を着て、がしゃんがしゃんとあちこちがきしみながら、何とか突っ走ってきた感じ。でも、まわりの人も、大きな災害がどーんと来て、頑強で安泰だと思っていた価値観が崩れた時、はたと気づいたと思うんです。実は自分たちもハウルっぽいのかなって」

 大野さんは治らない病気を抱え、医療と切り離せない身ながら、「お利口な患者」でいることをよしとしなかった。在宅生活を獲得する過程は、ほとんど「脱出記」。福祉制度の谷間や、山のような書類の申請の困難さとも闘わざるを得ず、社会の壁にも「大いに困った」のだ。

「脱出」のよすがになったのは、「助けて!」とSOSを出したら、「いいよ」と惜しみなく支援の手をあげてくれた人たち。「フツウの生活」を取り戻すゴールにたどりつけるか、イチかバチかで踏み出したら、ぱっと差し出された手があり、その手をつかんでゴールできた。その驚きも、作品に記している。

「私の経験も、震災直後にあふれた無数のボランタリーな動きも、寅さん現象だと思いました。寅さんという特殊な、変な、社会からドロップアウトしたような人が目の前に現れたときに、世間の、ある意味の鎧みたいなのが、ばあっとなくなって、まわりに自然と支えのチームができてしまうような」

AERA 2012年12月3日号