細胞への破壊力は強力。しかも副作用が少ない―――と注目を集めている最先端の放射線・陽子線治療。治療を受けた男性の話を聞いた。

 関東地方の60代の男性は食道がんで、今から3年ほど前に陽子線治療を受けた。筑波大学附属病院陽子線医学利用研究センターによると、経緯・経過は次のようなものだ。

 男性が体の異変に気づいたのは、治療を受ける2カ月ほど前。食べものを飲み込んだときに、のどに何かつかえる感じが続くようになり、精密検査の結果、がんが食道とその周辺のリンパ節に広がっている、Ⅲ期の進行がんだった。

 本来なら手術をして、その後に抗がん剤治療をするのが望ましいが、男性は若いときに心臓病を患い、大きな手術を受けていた。食道は心臓の近くにあるので、手術をするとなると胸を大きく開かなければならない。心臓への負担を考えると、手術はできそうになかった。

 あきらめかけていたとき、知人から陽子線治療という治療法があることを教えてもらい、当時かかっていた主治医の了承を得た上で、同センターを受診。センター長の櫻井英幸医師と抗がん剤治療に詳しい腫瘍内科医のチームのもとで、抗がん剤と陽子線治療を一緒に行う同時化学放射線療法という治療を受けた。今のところがんが再発した兆候はみられず、食道を切除しなかったことで食事も今まで通り。体調はすこぶる良好で、最近は週末になると趣味のゴルフを楽しんでいるという。

 陽子線治療は、放射線治療の一つだ。光速近くまで加速した陽子をがん細胞にぶつけることでDNAを壊して、細胞分裂を抑えたり、死滅させたりする。特長の一つが副作用が少ないことである。

「例えば、X線は体の表面近くでの影響力が最も強く、徐々に弱まりながら体の中を通過していくので、体の奥にあるがんを治療しようとすると、表面の正常な組織も傷つけてしまいます。これに対して、陽子線は体に入るときには影響力が弱くて、ある深さに達すると一気に強まり、それ以降の深さでは消滅するという特性があります。この力のピークをがんの位置に合わせれば、がんの形にくりぬくように照射でき、正常な組織への影響を最小限にとどめることが可能です」(櫻井医師)

 さらに、副作用のリスクも低いと櫻井医師は言う。

「持病のある方や高齢の方など、副作用のリスクを減らしたい人には向いている治療です。当センターでは今のところ命にかかわるような晩期の副作用(治療後、半年以降に起こる副作用。食道がんなら間質性肺炎や不整脈、心臓に水が溜まる心嚢炎など)は起こっていません」

AERA 2012年11月5日号