福島第一原子力発電所の事故をきっかけに、反原発運動がインドでも広がっている。

 インドの最南端、コモリン岬から東に30キロ余り。インド洋沿岸にクリーム色のドーム形の建屋が二つ立っている。ロシアの支援で建設され、ほぼ完成を迎えたクダンクラム原子力発電所(総出力200万キロワット)だ。

 1988年、当時のゴルバチョフ・ソ連共産党書記長が建設協力に合意して24年。ソ連の崩壊で一時は消えかけた「冷戦の亡霊」のような原発である。

 漁民たちの反対運動で、昨年予定されていた稼働開始がずれ込んでいる。9月上旬には抗議デモに警察が発砲し、1人が死亡した。隣国のスリランカもインドに安全対策の徹底を求めている。

 反対運動の中心になっているのは、約1万2千人が住むイディンタカライという漁村。2004年末のスマトラ沖大地震の津波で被災し、今も約2千人が「ツナミナガル(津波の村)」と呼ばれる特設住宅で暮らしている。ツナミナガルは原発から1キロ程度の近接地。政府は原発から半径2キロ以内の居住を禁じているが、稼働直前だというのにツナミナガル居住者に移転の動きはない。

 原発を運営する原子力発電公社によると、原発の敷地は海抜7.5メートルで、タービンは8.1メートル、原子炉は8.7メートルにある。これに対し、04年の津波が到達したのは海抜3メートルまでで、津波の想定は最大5.4メートルだという。

 だが、住民はこれに納得していない。稼働直前になっても環境影響調査や安全性評価の報告書などが公開されず、公聴会もろくに開かれない。

 原子炉の設計も不安を刺激している。住民らでつくる「反原子力国民運動(PMANE)」によると、ここで使われるロシア製原子炉は圧力容器の中央に大きな溶接部があると分かった。

 また、安全性を監督する原子力規制委員会が原子力省の下部組織に過ぎず、「安全確保について政府を信頼できない」という。インド政府も昨年来、規制委員会の独立性を高める法改正を進めようとしているが、国会審議は遅れている。

AERA 2012年10月22日号