家族の名誉を守るために、同性愛者の息子を射殺する。欧州連合(EU)加盟に向けて、急速な近代化が進むトルコ。このイスラム国で最大のタブーとされる「同性愛者に対する名誉殺人」を正面から取り上げた映画が、世界的な注目を浴びている。

 題材になったのは、実際に起きた事件だ。

 被害者は、イスタンブールの大学で物理を学んでいた当時26歳のアフメト・イルディズ。2008年7月、彼は下宿先のアパートで、父親に自分が同性愛者であることを打ち明けた。その直後、父親から射殺された。

 出身は保守的なトルコ東部。父親は普通の商人だが、母親は何より家族の名誉を重んずる主婦で、息子が幼いころから同性愛者ではないかと疑っていた。大学進学で郷里を離れた息子を監視するため探偵のような男を雇い、妹を同居させていた。アフメトは男にカネを払って両親に同性愛者であることを報告させないようにしていたが、母親の疑いは解けなかったらしい。

 父親をイスタンブールに行かせ、同性愛の証拠を見つけたら、射殺するよう命じていたという。トルコの家庭では、一般的には母親の発言権が強い。

 映画化は、アフメトの友人でドキュメンタリーを撮影してきたジャネル・アルペル(42)とメフメト・ビナイ(40)が手掛けた。

 予想に反し、反響は大きかった。昨年10月、トルコで最も歴史のあるアンタルヤ・ゴールデン・オレンジ映画祭で最優秀映画賞などを受賞し、今年初めにトルコ全土で上映された。各地で討論会も開かれ、多様な人たちが同性愛者ら社会的少数派について意見を交わした。

 ただ、近代化とそれに反発する保守の間で揺れるトルコ社会での闘いは簡単ではない。2人はこう訴えた。

「支援してほしい。でも急がせないで。死につながる可能性があるからです」

AERA 2012年10月8日号