国境を越えて活躍する芸術家が増える一方で、信じられないトラブルも発生する。世界的演奏家の愛器がドイツで「密輸」呼ばわりとは……。

 ベルギー在住のバイオリニスト、堀米ゆず子さんの愛器ガルネリが8月、ドイツ・フランクフルト空港の税関に「密輸」と疑われ、約1カ月間留め置かれた。東京からベルギーに帰国する際、トランジットのフランクフルト空港で押収されたのだ。輸入税19万ユーロ(約1900万円)の支払いを求められ、脱税の疑いまでかけられた。

 当初は日本政府の迅速な働きかけもあり、事態はすぐ収拾するかに見えた。しかし、交渉はこじれ、弁護士を通じての攻防は1カ月に及んだ。一度言ったことは二度と翻さない、ドイツ人の気質も影響したのだろう。

 わが子同然のバイオリンから引き離され、演奏会シーズンも目前。堀米さんの不安と精神的苦痛はいかばかりだっただろうか。返還決定から6日後の9月26日、ガルネリは現地で、堀米さんの夫に無償で引き渡された。

 実はここ数年、経済危機からくる余裕のなさも相まってか、欧州でこの手の事件が頻発している。EUになって、国境を越える行き来が容易になったこともあり、トランジットで目をつけられるケースが増えているようだ。

 今回の一件では、「楽器を所有する証明書を持っていなかったのだから仕方ない」との声もあるが、それは酷というものだろう。ドイツ在住の世界的チェリスト、原田禎夫さんは、常に写真つきの楽器証明書と、購入したことを証明する楽器店の書類を携えているが、それでも2度ほど税関で執拗に問い詰められたことがあるという。

「明日はわが身。堀米さんは本当に気の毒だった。どんなに万全を尽くしても、ドイツに楽器を持って帰る時はいつもビクビクする」と原田さんは打ち明ける。

AERA 2012年10月8日号