障害のある人やお年寄りのための福祉機器。開発者の思いが込められ、日々進化している。

 トヨタ自動車は「ウェルキャブ」と呼ばれる福祉車両のシリーズを展開している。現在
30車種、59タイプが設定されている。

 利用者からの反響が大きいのは、車いすのまま乗り降りできるスロープタイプの「ラクティス車いす仕様車」だ。企画開発を手掛けた製品企画本部主査の中川茂さん(49)は言う。

「体の不自由な人は、移動させるだけで精いっぱいというのが現実です。5分先の病院へ、少しでも楽に安全に移動できるようにしてあげたい」

 中川さんの試算では現在、車いすを必要としている高齢者は国内に約500万人。だが福祉車両を導入している家庭は5万世帯に過ぎない。一般家庭が福祉車両の導入をためらう理由は価格だった。

 そこで中川さんが挑戦したのが、大幅なコスト削減だ。

 ラクティスのスロープタイプは通常タイプと比べて、床が深くえぐれている。もともと福祉車両は車体の完成後に改造するため、コストがかかっていた。

 そこで中川さんは、車いす仕様車を通常の生産ライン上で作れれば費用が抑えられると算段した。

 だが、月に数千台を生産する量産ラインの中に、月販200台弱しかない車種を組み込むのは、自動車メーカーとしては異例のこと。生産現場から了解を得るのは難しい。

 中川さんは地元・愛知県岡崎市の養護学校へ足を運び、重い障害のある子どもを持つ母親たちが、乗用車から苦労して車いすに乗せ換えている姿を何枚も写真に収めた。この写真を役員に見せて必死に訴え、商品化の了解を得たという。

 この結果、トヨタではラクティスを一般車の生産ラインで製造できるようになり、従来は52万円もかかっていた追加費用を38万円にまでコストダウンできた。

AERA 2012年10月1日号