
大の犬好きで、今一緒に暮らしているのはイギリス原産の中型犬エアデール・テリア。アイスホッケー、ブラジリアン柔術などのスポーツのほか、ギターも嗜む
名古屋市東部、地下鉄植田駅前に位置するセブン-イレブン名古屋植田1丁目店。オープンしたのは、愛知県への出店初期である2003年で、オーナーの古川雅章さんはここを含めて5店舗を経営している。
周辺は、新しいマンションが建ち並ぶ人気の住宅地。ファミリーや単身者、学生が多く、特に朝夕は駅の利用者で混雑する。店内を見回すと、ワインやチーズなどのおつまみから生活用品、ペット用品まで品揃えが充実している。また、環境に配慮した食材を使用した商品「みらいデリ」を、お店独自の手製のポスターで積極的にPRしている。
「お客様目線の店づくりのためにも、品揃えからディスプレイ、情報発信まで従業員さんに任せています。そのベースにあるのが、5店舗すべてで実施しているリサーチ活動です」と雅章さんは言う。
これは、数値やデータだけではわからない、店舗周辺の人の動きや生活感などを肌で感じることで「このあたりは自転車が多い」「犬の散歩をしている人をよく見かける」「通勤客や学生さんが多い」など、気づいたことを記録。その内容を付箋に書いて貼り出し、意見を交わしながら店づくりに落とし込んでいる。
「ミーティングというと堅苦しいので、『お茶会』と称してやっています。ざっくばらんに話すなかで幅広い意見が出てきますし、普段は見えない従業員さんの個性が見えてくることもあります」
絵が上手だとわかれば、POPを担当してもらう。文章を書くのが得意なら、思わず商品を手に取りたくなるようなキャッチコピーを考えてもらう。そんなふうに一人ひとりの個性を生かし、「仕事が楽しくできるようにしています」と雅章さんは言う。
また、もう一つ大切にしていることがあるという。
「お客様がセブン-イレブンに対して抱いているイメージがあると思うんです。高品質な商品の品揃えとか、流行を先取りした新しさとか、フレンドリーな接客とか。その期待を裏切らないように、ということはいつも意識しています」
商売にはもともと興味があったと雅章さんは言う。
そんな雅章さんが大学卒業後、まず就職したのは大手住宅メーカーだった。
「当時は、何かしたいけれど、何をしたらいいかわからなかった。ただ、自分に裁量が与えられた営業スタイルや、頑張りや成果に応じた収入が得られることにやりがいを感じ、住宅メーカーの営業職を選びました」
2000年代の初め頃、転勤で関東に住んだときのことだ。同僚たちとコンビニに行こうとなったとき、回り道になるにもかかわらず誰かが「セブン-イレブンにしよう」と言い、みんなが同意した。
「なぜそんなに行きたがるのか不思議でした。名古屋には当時セブン-イレブンがなく、コンビニは全部同じだと思っていましたから。聞いてみると、弁当やおにぎり、パンなどのオリジナル商品が各段においしいと言うんですね。半信半疑で買ってみると、確かにおいしい。専門店の味と言ってもいいくらいで、とにかくびっくりしました」
いつかは商売をやってみたいと思っていた雅章さん。セブン-イレブンを経営してみたい。そんな思いが芽生えた。
数年後に地元名古屋へ戻ると、ほどなくして市内でセブン-イレブンの出店が始まった。そんななか、遠縁の親戚の土地にセブン-イレブンの店舗が建つという話を聞きつけ、「それなら自分が」と手を挙げた。
「とは言ったものの、親戚の中には他のコンビニチェーン店を経営する者もいたことから、家族や親戚がどう受け止めるか心配になり、相談しました。反対され、叱られることも覚悟していたんです。するとあっけなく『何か問題があるのか?』と。『商売は楽しいよ。やった方がいい』と祖父が言ってくれました」
その言葉に背中を押され、加盟を決意、オープンしたのが名古屋植田1丁目店だ。祖父が言った通り、商売は楽しかった。まだ市内にセブン-イレブンは少なく、新しくできたコンビニエンスストアで珍しさもあってか多くのお客様に来店していただき、出足は順調だった。

通勤・通学時に買いやすいポケットサイズのグミが人気。
学生アルバイトの北崎世里菜さんら、若手の意見を取り入れて
種類を増やしている

その頃から、東海エリアのセブン-イレブン店舗数が増えていく。
雅章さんは、やるからには事業を大きくしたいと考えていた。複数店経営にも意欲を見せ、2009年に名古屋大清水1丁目店、11年に豊明栄町大根店、13年に名古屋中汐田店と1年おきに3店舗を、さらに17年には中京競馬場前店をオープン。
一方で、店舗を増やすなかで悩みも生まれた。お店を経営するのに「人材」は不可欠だ。オーナーとして、従業員の働きやすい環境を整え、従業員に生き生きと働いてもらうためには、具体的に何をしていけばよいのか。現在では5店舗を経営する雅章さんだが、当時はわからないことだらけだった。複数店舗を経営するオーナーが近くにいないため、相談できる人がおらず、自分で考えていくしかなかった。
雅章さんが悩みを抱えるなか、近隣にコンビニエンスストアをはじめさまざまなお店が出店し、周りの環境も変化していった。「正直、焦りもありました」と雅章さんは振り返る。
そんななか、他のエリアの店舗ではどんな取り組みや工夫をしているのか知りたくて、他店舗見学をすることにした。
「多くの店が快く引き受けてくださいました。最初に見学したのは静岡県の4店舗。それがもう、素晴らしかった。どこも従業員さんが楽しそうで、オーナーさんも生き生きとしていました」

リサーチ活動での気付きを従業員で共有。意見交換しながら、お客様目線の店づくりに活かしている
驚いたのは、地区のオーナー同士が支え合い、協力し合っていたことだった。「こういう工夫をしたらこの商品がよく売れた」といった生の情報を交換し合い、互いの店のレベルアップを図っていたのだ。
自分たちが目指すべき、理想の形を見出した。そんな思いだった。
それをきっかけにさまざまな店舗へ足を運ぶと、順調な店はどこも同様の傾向があることに気が付いた。なかでも1970年代に出店した大先輩には、歴史を作ってきたことへのリスペクトを抱いた。
「自分たちのような後進組は、先輩たちが努力と失敗を繰り返して作り上げてきた仕組みやサービスを享受させてもらっているのだ、と実感しました」
雅章さんは今年、オーナーになって20年目を迎えた。地区ではもう自分が古株となり、多店舗展開の“先輩”として「話を聞きたい」と言われる立場になった。現在では本部からの紹介で見学を依頼されることも多い。
先輩オーナーたちから多くのものを得たように、新しく加盟したオーナーたちには情報もノウハウも、惜しみなく提供する。新しいことを率先して試み、失敗の経緯も含めて成功体験を伝えようと心掛けている。
「自分の店だけがよければいいという考え方ではうまくいきません。いいことを共有すれば地域の加盟店全体がよくなるはずです」
雅章さんが中心となり、10年ほど前からは数カ月に1度、有志のオーナーが集まる勉強会を開催している。少人数から始めたが、今では約20人の規模になり、各店のマネージャーや店長が参加することもある。
「毎回何らかの学びがあるようにテーマを変えながら、前向きな意見交換や情報共有、困りごと、悩みごとへの相互アドバイスなどを行っています」
経営上の課題などについて話すうちに、思わぬ視点からの妙案や打開策が見つかることも多いという。

お酒のコーナーは、地域のニーズに応えてワインを充実させている。「この仕事が大好き。社会勉強になります」と、井上梨子さん
エリア内のセブン-イレブンが増え、自身が経営する店舗も増えるなかでいくつもの壁に当たり、その都度、他店や先輩たちの声に耳を傾け、困難を乗り越えてきた。店や地域の発展には本部との協力も不可欠であり、今では地区責任者のDM(ディストリクトマネジャー)や店舗経営相談員であるOFC(オペレーション・フィールド・カウンセラー)とも、共に成長してきたという実感がある。
そのなかで、雅章さんの中には店を始めたときから一貫して揺るぎないものがある。それは、「やっぱりセブン-イレブンが好き」という思いだ。
「商品はもちろん、組織力、OFCのカウンセリングなど、やはりセブン-イレブンには魅力が多いですよね。それに、おにぎりの販売やATMの設置など、時代に先駆けた取り組みを行ってきたところもかっこいいと思っています。だから、今後もそうあり続けてほしい。例えば、SDGsのような社会全体で考え、取り組むべきことにも、業界の先陣を切って取り組んでいってほしいと思っています」
前進あるのみで頑張った出店初期、先輩たちの意見を聞きながら模索した過渡期を経て、今は雅章さんの店舗を含め、セブン-イレブンが地域に根付いた。従業員さんたちに店のことを任せられる体制も整った。そして今、雅章さんが見据えているのは、セブン-イレブンのブランド価値のさらなる向上だ。
フランチャイズの強みを発揮し、オーナーと店長、従業員をはじめ店舗、本部が力を合わせて、新しい価値を創造していきたい。先輩たちが築いたものを私たちが受け継ぎ、発展させ、さらに次の世代へつないでいく──。そんな思いが、今日も雅章さんを前進させる。