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ヘッダー画像 セブン-イレブン[50周年企画]明日の笑顔を 共に創る

20代で加盟を決意した兄と妹周囲に支えられ20年、愛される店を紡ぐ

オーナーの兄・近藤寿仁さん(右)と、 店長の妹・鳥居磨有子(とりいまゆこ)さん(左)。
店の近隣にある観光名所・桜淵公園で

19セブン-イレブン新城バイパス店(愛知県)

大好きなセブン-イレブンのオーナーになる決意をした兄。
パートナーに誘われた妹はとまどい、「やるなら初めだけ」のつもりだった。
しかし、続けるほどにセブンの魅力に惹かれ、気づけば20年の歳月が流れていた。

文/安楽由紀子 撮影/松永卓也(朝日新聞出版) デザイン/スープアップデザインズ 
制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ 企画/AERA dot. AD セクション

オーナーの近藤寿仁さん
オーナー 近藤こんどう寿仁としひとさん

趣味は愛車でドライブ。好きな食べ物は肉。
加盟前は実家の工務店で3年間働くなど、体力には自信あり

 セブン-イレブン新城バイパス店のオーナーを務める近藤寿仁さんと、妹で店長の鳥居磨有子さんは、ここ愛知県新城市で生まれ育った。長男・寿仁さんの下は、磨有子さんを含めて妹が3人。小さな頃はリーダー格の長男の背中を妹たちがいつもついてまわり、よく遊んだ。

「私は男の子みたいにやんちゃだったので、兄と一緒に遊ぶのが普通でした」と磨有子さん。一方の寿仁さんは妹たちを「自分の子分みたいに接していました(笑)」と当時を懐かしむ。

 父は工務店の棟梁として休みなく働いていたが、家族6人でも一緒によく出掛けた。夏は海水浴。東京ディズニーランドにもたびたび行ったし、冬には長野県へスキーに行くのが恒例だった。寿仁さんは、その途中で立ち寄るセブン-イレブンに魅せられた。特に、ロングセラーヒット商品のブリトーのおいしさには兄妹みんなが虜になった。大のお気に入りはラザニアソース。当時は地元にセブン-イレブンがなかったため、わざわざ県境に近いセブン-イレブンまでブリトーを買いに行ったほどだ。それくらい家族はみんなセブン-イレブンが大好きだった。

 そんな仲よし兄妹も、中学、高校と年齢が上がるにつれて疎遠になった。部活など学校生活に忙しかったということもある。そして大学進学を機にそれぞれ家を出てしまった。ところがセブン-イレブンへの加盟が、長男と長女を再び結びつけることになる。

「セブン-イレブンを広げたい」25歳で加盟を決意

 寿仁さんは77年生まれの就職氷河期世代。仕事がなかなか決まらなかったこともあり、祖父から父へと受け継がれた工務店で働くことになったが、景気が後退し、工務店の状況も徐々に下り坂となっていた。父からは「跡を継いでくれ」ではなく「何か他にいい道はないか」とたびたび相談された。模索する中で思い至ったのが、子どもの頃から大好きだったセブン-イレブンだ。

 セブン-イレブンは当時、愛知県内にはまだ少なかった。

「そうだ。だったら、僕がセブン-イレブンのよさを地元に広げよう」

 そう決心したのは25歳のとき。父が背中を押してくれ、家族会議を開くまでもなく近藤家の行く道は決まった。

 寿仁さんは、当時まだ独身。一緒に経営してくれる同年代のパートナーが、誰かいないだろうか……。そこで白羽の矢を立てたのが、すぐ下の妹の磨有子さんだった。

次女の陽子さんの結婚式の写真。

次女の陽子さんの結婚式で。左から長女の磨有子さん、三女の江里さん、母の裕代さん、父の雅英さん、長男の寿仁さん(2008年)

 その頃のことを磨有子さんに尋ねると、「もう家族の中で決まってたんですよ。私のいないところで、勝手に」と、笑いながら答えてくれた。

「最初は母から電話をもらったんです。『どう、セブン-イレブン、やらんか?』って。その時にはもうオーナー契約の話が進んでいて、店の基礎工事を父の工務店が請け負い、兄も働いていて忙しかったようです。母には『なんで私が? そんな商売なんてできない』と返事をしました。当時、神奈川県の大学を出たばかりで、就職も決まらず、『ちょうどいい』と思われたのかもしれません。そうしたら、今度は兄(寿仁さん)から電話がかかってきて、『なんでやらんの?』って。本当に、いつも昔から強引なんですよ」

 当時を熱く語る磨有子さんに対して、「全然覚えてない」と寿仁さんは首を傾げる。 「セブン-イレブンの経営は絶対楽しいはず。そう確信していたから、断る理由がわからなくて『なんでやらんの?』と純粋に聞いたのかなと思います」。

 もうセブン-イレブンは、近藤家の「家業」として動き出していた。

「家族でやると決めたなら、やらにゃいかん、と最後は自分を納得させて、一緒に経営することに決めました」(磨有子さん)

家族と従業員、一人ひとりが「家業」の意識で店を支える

 新城バイパス店がオープンしたのは04年。そこから軌道に乗るまでの3年間は、記憶がないくらい必死だった。25歳と23歳。経験値の少なさは体力でカバーし、懸命に走り続けた。どちらかが常に店に出ているようにしていたが、互いにゆっくりコミュニケーションを取る余裕もなかった。店ですれ違ったときに声を掛けるくらいが精いっぱいだった。

 近隣のエリアですでにオープンしていた店のオーナーも「最初の3年間は踏ん張り時だ」とアドバイスをくれた。寿仁さん、磨有子さんが若くして店をオープンしたことから、先輩として親身になって応援してくれていたのだ。

 父も従業員の一人として手伝った。のちに腰を痛めて店に立つ機会は減ったが、今でもできる範囲で手伝っている。母もたびたび店を訪れては手伝い、従業員たちから「お母ちゃん」と呼ばれ親しまれるようになった。

 その後、寿仁さんも磨有子さんも結婚し、世帯を持った。そのことも2人の経営が長続きしている理由の一つだと、今振り返って思うという。つかず離れずの距離感が2人にはちょうどいいのだと。そして11年には、2号店となる新城川田店をオープンした。

 もちろん2人は、兄妹の力だけでここまでやれたとは思っていない。「従業員さんには、ずっと恵まれてきた」と共に口を揃える。オープン時から若いオーナーたちを支え、働き続けている従業員も多い。現在、チーフを務める米山加菜さんは、もう15年以上勤務している。「オーナーたちは年齢も近いし、みんなで何でも言い合える。そんな店だからみんな長いんです」と米山さんは言う。

米山加菜さん

従業員全員が笑顔でおすすめする人気のおでん。
「特に大根、たまごがよく出ます」と、チーフの米山加菜さん

「家業」をみんなでお客様の笑顔のために、従業員さんの笑顔から。

「いつも従業員さんが笑顔でいられる店づくりをめざしてきました。それがお客様の笑顔にもつながると思うから」(寿仁さん)。「みんな同世代ということもあり、私たちが上から指示するのではなく、同じ目線でがんばろうという気持ちはずっとありました。みんな一緒に店をつくりあげてきた仲間です」(磨有子さん)。

 若いオーナーと店長を支えてきた若い従業員たち。ともに年を重ね、ともに成長してきた。どうすれば店をスムーズに運営できるか、何をすれば売上が上がるか。従業員一人ひとりが、セブン-イレブンに対して「家業」という意識を持っている。

「お弁当やサンドイッチなど、毎日、日替わりで『おすすめの一品』を決め、こちらはいかがですか、おいしいですよ』と、お客様に声掛けをしてはどうか」というアイデアを出したのもチーフの米山さんだ。いつも米山さんを含めた従業員がおすすめの商品を決め、磨有子さんも寿仁さんも、彼女を信頼して共に販売に励む。その効果で1商品を1日で100個以上売り上げたこともある。

買い物に行けないお客様のため「セブンあんしんお届け便」を開始

 新城バイパス店は幹線道路沿いということもあって、客層は通りがかりのドライバー客が多いが、周辺地域に住む常連客も多い。毎日のように来店する高齢のお客様に対しては、従業員が「お求めは、いつものこれですよね?」と、棚の上から商品を取る手伝いをする。

「毎日来てくださるお客様が急に来なくなると、『病気だろうか、けがだろうか』と心配になります。久しぶりにまた来てくださったときは、涙が出そうになるほどうれしいですね」(寿仁さん)

 新城市は山に囲まれ、山間部の地区は店舗が少なく、高齢者を中心に日常の買い物に不便や困難を感じる方の増加が課題となっている。

大山敦子さん

「新商品や従業員のイチオシ商品を日替わりで紹介しています」と大山敦子さん。積極的に声掛けをすることで、売上を伸ばしている

 寿仁さんは、父親がメンバーとなっている市内のボランティア活動「しんしろお助け隊」を手伝いに行ったときに、買い物に行けず苦労している高齢者世帯を目の当たりにし、「なんとかしたい」と強く思うようになった。

 18年、新城バイパス店は、食料品や日用品を軽トラックに載せて移動販売する「セブンあんしんお届け便」を開始した。愛知県では導入第1号だ。

「近くに高速道路が開通した影響で交通の流れが変わり、売上が落ちたときも、地域のお客様に支えられてきました。店舗経営はただ商品が売れればいいのではなく、地域への奉仕の精神が大事。あんしんお届け便を通して、買い物に行けない人たちに満足してもらえるようにしていきたい」と寿仁さんは語る。

「もっと地域のお客様の笑顔が見たいんです」

 幼い頃から続く兄妹の絆は、父と母が築いてくれた家族がベースとなっていると2人は言う。

「今から思えば、忙しい中でも小さな子を4人も連れて旅行して、父も母も大変だったと思う」「よう育ててくれたと思います」と、両親に感謝する。

 周囲からは磨有子さんがしっかり者の姉、寿仁さんがそのあとをついていく弟に間違えられることが多いというが、実際には、寿仁さんが果敢に先頭を走り、磨有子さんや従業員を引っ張ってきた。磨有子さんは言いたいことを言いながらも、兄の背中を追ってきた。

「あっという間の20年でした」と、兄妹は声を揃える。 「振り返る暇もなかった。前しか見ていない」(寿仁さん)。「私は振り返る係。後ろを守ってきました(笑)」(磨有子さん)。

 なんだかんだ言って、息が合っている2人である。「妹にはよくやってくれたと、感謝しかない」と寿仁さんは素直に語る。

「兄に乗せられて始めたことではあるけど、今思えばやってよかったなと思います。私は人と接するのが苦手だったんですが、店で働くうちに接客が楽しくなった。何より自由にやらせてもらえるのが楽しいんです」(磨有子さん)。「僕も、店を始めたことに後悔したことは、今まで一度もないです。これからもまだまだ走り続けますよ」(寿仁さん)

 兄妹と、従業員さんと、お客様と。20代から紡いだ絆はこれからも続いていく。

My dream
My dream

「がむしゃらだった20年。自ら率先して売り場に出て働こうという気持ちに従業員さんがついてきてくれたのだと思う。今後もお客様はもちろん、従業員さんも笑顔になれる店をつくっていきたい」と寿仁さん

セブン-イレブン新城バイパス店

住所

愛知県新城市稲木字仲野69-53

特徴

2004年開店。交通量の多い幹線道路に面し、
ドライバーや地域住民などさまざまなお客様が来店する

セブン&アイHLDGS.公式HP