<PR>

オレたちがおらんならコンビニは、できひんやろ。

人物 ローソンを継ぐこと、継がせること

百貨店に勤務していた父が
コンビニ経営へと舵を切ることになったのは、
阪神・淡路を襲った大震災がきっかけだった。
「無理や」と猛反対した息子たちも、
いつしか自然な流れで、店頭に立っていた。
家族揃って、地域に光を灯すために。

文/張替裕子(Giraffe Inc.) 写真/深沢次郎
デザイン/スープアップデザインズ 企画・制作/ AERA dot. AD セクション

夫婦で完結するはずが気づけば息子たちが戦力に

熊本貞道さん・浩子さん

 温厚で折り目正しいジェントルマン。それが、大阪で3店舗のローソンを経営する株式会社ベアブックの会長、熊本貞道さんの印象だ。さもありなん、貞道さんは二つの百貨店に30年勤務した、接客のプロ。コンビニ経営という現在の仕事にも、その経験が大きく役立っていると話す。

「1965(昭和40)年に就職したのが、三越の大阪支店でした。アパレルを中心に売り場担当から外商までさまざまな業務に就きましたが、勤務して17年を迎える頃、思うところがあって退職することに決めました。次に選んだ会社が、ダイエーグループのプランタンだったんです」

 幅広い客層をもつ三越がマルチな百貨店とするなら、ターゲットを絞って運営していくプランタンは専門型百貨店。二つのタイプの百貨店に勤務したことで、さまざまな客層への対応を学べたと貞道さんは言う。

 こうしてプランタンで13年にわたり勤務を続けることとなった貞道さん。だが、その後、運命は大きく方向転換することになる。きっかけは、1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災だった。

「その頃私は神戸の三宮にある関連会社に出向となり、堺市の自宅から毎日通勤していたんです。そのため、地震が起こった際、自宅は大きな被害にはならず、急ぎ三宮にクルマで向かいました。ところが西宮まで行くと、メディアでも大きく報道された、崩壊した高速道路にバスが辛うじて引っかかっていたあの場所から先にはとても進めず……。そこから会社までひたすら歩きました」

イメージ

ローソン堺若松台店の事務所の壁には、株式会社ベアブックの理念が。「明日も星光り」と記され、コンビニ経営に対する想いが綴られている

イメージ イメージ イメージ

地域性や女性のニーズを考慮して生活雑貨の品揃えを充実させ、きれいで見やすい陳列を常に意識。お昼時は、近隣の学生たちのため、揚げたてのホットフードを補充

渋々のスタートながら自然な流れでここまで来た

崇さん・宏さん

 残念ながら、ようやくたどり着いた会社のビルは、半壊。貞道さんは、家族と過ごした時間は何時間あったのかと、振り返り、退職を考えた。

「そんな時、ダイエーグループの方から、『13年も勤めてこられたのに、このまま退職されるのは惜しい。グループ内にコンビニチェーンのローソンがあるので、一度オーナー説明会だけでも参加されませんか?』とお声がけがあったんです」

 ローソンの店舗を運営するための研修を受けたのち、オーナーとして独立し、自分の店舗を経営する。それが貞道さんへの提案だった。百貨店の仕事しかしてこなかった自分に何ができるのか……。そう思い悩んでいた貞道さんは、「だったらコンビニに挑戦してみよう」と決意。

「実は昔から『喫茶店をやってみたい』という漠然とした思いがあったんですよ。その原点に立ち返ってみると、やはり小売業や接客業が向いているのかなと。それにコンビニは、百貨店のミニ版のようなもの。同じ小売をやるのであれば、これしかないのではないかと考えました」

 百貨店からコンビニへ。大きな決断を聞いた妻の浩子さんは、「ただ付いていくだけ」と、反対はしなかったという。コンビニという仕事を夫婦で始め、夫婦で完結させよう。そんな思いでのスタートだったが、1号店となったのがローソン富田林昭和町店、しかも開店が8月1日だったことが大きなハードルとなった。

熊本さん親子のこれまで

1995年 貞道さん、百貨店を退社。ローソン富田林昭和町店のオーナーに。
2005年 貞道さん・浩子さんご夫妻、再契約記念のハワイツアーに招待される。
2006年 ローソン富田林昭和町店を離れ、ローソン堺若松台店の経営を開始。
2008年 ローソン堺原山台店の経営を開始。
2011年 株式会社ベアブック設立。
2019年 ローソン堺原山台店をのれん分け。長男崇さん、株式会社ベアブックの代表取締役に就任。次男宏さん、ローソン清恵会病院店の取締役店長となる。
イメージ

1号店のローソン富田林昭和町店は花火大会会場のすぐそば。当日は臨時売り場の開設や、入場制限をしてでも商品補充を行うなどの工夫で売り上げを伸ばしていった

小さくてもいいから地域に光を灯し続けたい

熊本貞道さん・浩子さん

ローソンから招待された再契約記念ツアーや、長男崇さんの結婚式で訪れたハワイが、何より気分転換になったというお二人。夢は家族全員でのハワイ旅行だ

「富田林では毎年8月1日に盛大な花火大会が開催されます。店にも当日は朝から晩までお客さまが殺到し、無茶苦茶な状態になるんです。どうしてもツーカーで動いてくれる人間が必要になり、二人の息子に『1日だけ応援してくれ』と頼みました」

 今では貞道さんの大切な右腕・左腕である長男の崇さん、次男の宏さんも、当時はまだ学生。コンビニ経営には揃って反対していたという。

「百貨店で社員として働くのと自分で店を経営するのとは全く違う、無理やと。ただ、そう言いながらも、『やるんやったら、オレたちがおらんなら、店なんてできひんやろ』とも思っていましたので、渋々のスタートでしたが、店を手伝うのは自然な流れでした」(崇さん)

 怒涛の初日を総出でなんとか乗り切った熊本さんたち。翌年以降も8月1日には、「売り場が荒れて“買い場”にならないよう、入場制限して商品を補充する」「駐車場に保冷車を確保して臨時売り場を作る」といった工夫を重ね、着実に売り上げを伸ばしていった。

 その後、2号店、3号店と経営店舗を増やすうち、「自分と同じような考え方ができる人たちと共に、お客さまにたくさん来ていただけるお店を増やしていきたい」という思いから多店舗経営オーナーとなり、株式会社ベアブックを設立。着実な成長も百貨店で培った貞道さんの知恵と経験があればこそだが、「自然な流れで」店を手伝い続けた崇さん、宏さんの力も大きかったに違いない。

 富田林昭和町店のオープンから早や25年。昨年には会社の代表職を崇さんに委ね、家族全員持ち回りで3店舗の運営にあたっている。

「正直にいえば、兄も僕も店を継ごうという明確な意思はありませんでしたが、気がつけばコンビニの仕事をするのが当たり前になっていた。今では店に出ないとなんだか落ち着かないくらいです(笑)」(宏さん)

「震災の時、暗闇で輝くコンビニの灯りが多くの人の支えになった。小さくてもいいから、地域に光を灯し続けたいというのが、私の願いです。そのために家族全員で働けるのであれば、本当にありがたいことだと私は思っています」(貞道さん)

 自然と力を合わせる熊本さんたちが、大阪の街角に灯すコンビニの灯り。その光を求め、今日も多くのお客さまが、店に足を踏み入れる。

イメージ
イメージ

「お客さまのことを一番分かってくれているのはクルーさん。お客さまとクルーさんの井戸端会議の場になるようなお店が理想だと思います」(崇さん)

ローソンカスタマーセンター0120-07-3963月曜~金曜(祝祭日除く) 9:00〜17:00