文/佐藤 淳子 写真/慎 芝賢、PIXTA イラスト/いのうえ みさお
デザイン/洞口 誠(ドットワークス)、大内 和樹 企画・制作/AERA dot. AD セクション

長時間労働が問題視されるなか、睡眠不足や生活リズムの乱れからくる睡眠トラブルで、心身の不調を訴える人が増えている。こうした状況を受け、昨年、睡眠や体内リズムの専門家による「目覚め方改革プロジェクト」が立ち上がった。設立メンバーの一人、明治薬科大学の駒田陽子准教授に、日本人が抱える睡眠の問題と改善のヒントを聞いた。

明治薬科大学リベラルアーツ・心理学
駒田 陽子准教授
早稲田大学文学部心理学専修卒業。同大学大学院人間科学研究科博士課程修了、人間科学博士。日本学術振興会特別研究員、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所特別研究員、東京医科大学睡眠学講座准教授などを経て、2017年から現職。

 忙しくて睡眠時間が十分にとれない。そんなとき考えがちなのが、「なんとか短時間で、深く質の高い睡眠をとれないか」ということ。しかし駒田陽子准教授は、「それは幻想です」ときっぱり否定する。
「良い睡眠には、質だけでなく量も必要です。眠りは、入眠直後に深く、明け方は浅くなりますが、その間もレム睡眠、ノンレム睡眠が交互に訪れ、深浅の眠りが繰り返されます。いずれの眠りにもそれぞれ疲労回復、記憶整理などの役割があり、深い睡眠だけとればいいわけではありません」
 日本人の睡眠時間は世界的に見ても少ない。厚生労働省の調査※によると、1日6時間の睡眠をとれていない40代は男性で48・5%、女性で52・4%に上り、さらに7時間未満になると男女とも8割を超える。男女とも最も睡眠時間が短いのは40〜50代。家事や介護など、仕事以外にもさまざまな負担がかかるからだろうか。ビジネスパーソンの場合は、長時間通勤者の睡眠不足も深刻だ。
 睡眠不足は、日中のパフォーマンスに大きな影響を与える。さまざまな実験から、睡眠不足と作業効率の低下は見事に相関することがわかっている。ある研究では、6時間睡眠を2週間続けると、徹夜した場合と同等の作業効率に下がるという結果が出たそうだ。実際、寝不足で集中力が低下することは、多くの人が体験済みだろう。
 「慢性の睡眠不足で脳の働きが落ちていると、眠さや、作業効率が悪くなっていることに本人が気づかないこともあります。これが事故につながることもあるので注意が必要です」と駒田先生は指摘する。
 数年前から「睡眠負債」という言葉をよく耳にするようになったが、わずかな睡眠不足の蓄積が睡眠負債となり、生活習慣病や肥満、精神疾患などにつながる可能性もあるという。海外の研究では、睡眠の少ない人はウイルスへの抵抗力が低下し、風邪をひきやすくなったり、予防接種の抗体ができにくくなったりすることもわかっているそうだ。
 良い眠りには、質、量とともにリズムも欠かせない。人の体には、約24時間周期の体内リズム(サーカディアリズム)が備わっており、体温や血圧、心拍、ホルモンの分泌などの生理現象を調整している。夜になると眠くなり、朝になると目覚める。これも、体内時計が生み出す体内リズムの働きだ。

 ただし、その周期は24時間より少し長い。そのため太陽光などを使って日々リセットし、社会生活の周期に同調させている。早起きより夜更かしが楽なのも、24時間より長い体内時計に理由がある。しかし、楽だからと夜更かしと朝寝坊を続けていると、体内時計が後ろにずれ、なかなか元に戻らない。週末の寝だめが、週明け前夜の寝つきと朝の目覚めを悪くし、結果的に1週間の不調を招くのも同じ理由だ。
 睡眠不足の日々が続いた後、やっと迎えた休日に朝寝坊したくなるのは人情だが、「朝寝坊は1時間に留めるべき。睡眠不足は、数日の間で解消することをおすすめしたい」と駒田先生はアドバイスする。

 では、日々忙しく、どうしても平日の睡眠時間が満足にとれないという場合はどうしたらよいのだろう。
「少し厳しい言い方になってしまうかもしれませんが、本当に時間がないのか、今一度、自分の生活を見つめ直してみましょう」と駒田先生。つまり、時間がないのは、日中の作業効率が悪いがゆえの長時間労働になっているためではないか、ということだ。非効率な働き方が日常となり、長時間労働が常態化すれば、睡眠時間不足と週末の寝だめでリズムを乱し、再び翌週のパフォーマンスに悪影響を与えるという最悪の循環が続くことになる。
「1、2週間、十分な睡眠をとってみてください。いかに快調に仕事ができるかわかると思います」
 スッキリ目覚めれば、日中のパフォーマンスが向上し、睡眠時間が確保できる。ポジティブな連鎖は自分の時間をつくり、より良い人生にもつながるはず。

これが、駒田先生らが立ち上げた「目覚め方改革プロジェクト」で伝えようとしているメッセージでもある。
「プロジェクトは、早起きを推奨するものではありません。最も快適に過ごせる起床・就寝時間や必要な睡眠時間は人それぞれ。ぜひ一度ご自身の眠りに向き合ってみましょう」
 睡眠時間や、就寝・起床時間、その日の気分や体調などを記す「睡眠日誌」も、自分の眠りを知るきっかけになるという。眠るだけで仕事の能率が上がり、人生も豊かになる。試してみる価値は大いにある。