〈PR〉

俳優・草刈正雄を育んだ街、北九州市 「肩の力を抜いて暮らせるところです」

55年前に五つの市が合併して誕生した北九州市。
その「北九州市制55周年アンバサダー」に草刈正雄さんが就任。
小倉の町で生まれ育った草刈さんに、北九州の思い出と魅力を聞いた。

文/真柄恵理 デザイン/スープアップデザインズ
企画・制作/AERA dot. AD セクション

草刈正雄

1952年、福岡県小倉市(現北九州市)生まれ。資生堂専属モデルを経て、俳優としてデビューし、映画、テレビで活躍。現在、NHK美術鑑賞番組「美の壺」のナビゲーター役を務めている。2019年1月のNHK BSプレミアム「モンローが死んだ日」、同4月スタートのNHK連続テレビ小説「なつぞら」、映画「記憶にございません」に出演予定。

映画館に通った少年時代

 映画好きの母に、小倉でよく映画館に連れていってもらいました。当時は映画館が家の近くにたくさんあったんです。当時の映画館の雰囲気は今とはずいぶん違いまして、誰も信じてくれないのですが、館内でお酒を飲んで七輪で秋刀魚を焼いて、スクリーンの前に煙がもわ~っと漂っていたことも。昔はそんなことをする人がいても、誰も文句を言う人がいない(笑)。劇場が入っている建物に30円でコーヒーが飲める店がありまして、たまり場になってましたね。

 北九州市が舞台になっている映画も、今はフィルムコミッションの活躍でロケ数も格段に増えていますが、当時からもたくさんあったんですよ。中村錦之助さんの「花と龍」は母に連れられて小倉で見たかなあ。「無法松の一生」も好きですね。世界で5本の指に入るラブストーリーだと思います。阪東妻三郎さんのもいいし、三船敏郎さんのもいい。ちょっと変化球で、勝新太郎さんもおもしろかったですね。僕も演りたかったくらいです。こんなバタくさい顔ですけれども(笑)。

 今年の2月から「北九州市制55周年アンバサダー」に就任しまして、式典では小倉祇園太鼓も久しぶりに叩きました。昔は夏祭りが始まる何日か前から子どもたちが集まって、好きに叩いていたんです。それはそれは楽しみな祭りでした。

 17歳でひとり、上京した日は、駅で友人知人に総出で見送ってもらったのですが、やはり寂しかったですね。着いた日の夜は寝具がまだなくてアパート近くの旅館に泊まったのですが、無性に帰りたくなりました。けれど、その後は俳優として前だけを見て走り続けてきたので、故郷を振り返る余裕は全くありませんでしたね。

今は故郷が無性に恋しい

 年齢を重ねるとともに、ここ10年ほど、故郷が恋しくなりました。昔住んでいた家を見に行ったこともありますし、舞台を観に来てくれて、久しぶりに再会した友人の寿司店にも帰るたびに行きますね。

 北九州市は山も海もどちらも近く、自然豊かな場所です。実家近くの商店街から少し歩けば海に出られたので、釣りにもよく連れていってもらいました。食事もうどんやラーメン、魚も安くて美味しくて。そしてなにより、開かれていて、いろんな場所から働き手が集まってできた飾らない普段着の街なので、居心地がいいんです。そのせいか、最近は移住したい人からも人気の街になりましたね。飽きることのない場所で、僕も帰りたい場所だなと感じます。

 ぜひ一度、北九州市に遊びに来てください。

問い合わせ先

北九州市 企画調整局 地方創生推進室

www.city.kitakyushu.lg.jp/page/kitakyushulife

093-582-2174

北九州市のとっておきをプレゼント! ご応募はこちらから