髙野克己

髙野克己教授|東京農業大学第12代学長

1953年東京都生まれ。77年3月東京農業大学農学部農芸化学科卒業。85年に農学博士。副学長を経て、2013年から現職。

 財務省関税局が発表した貿易統計によれば、2017年の日本酒の輸出量は前年比19.0%増。金額でも19.9%増となり、どちらも8年連続で過去最高を更新した。ユネスコの無形文化遺産に和食が登録されたことによる世界的なブームが要因とされており、輸出先では米国が約25%を占めてトップとなっているが、フランス、イタリアを中心に欧州での需要もますます拡大すると予測されている。

 ただし、日本酒全体の出荷量は70年代から右肩下がりを続けてきた。近年はようやく落ち込みに歯止めがかかったが、依然厳しい状況にある。それでも、海外での日本酒人気という明るい兆しに的確に対処できるのは、東京農業大学の醸造学科・醸造科学科が卒業生を輩出して業界を支えてきたからだといっても過言ではない。

「醸造」を学科名に冠した
唯一の高等教育機関

 東京農大は、1891(明治24)年に榎本武揚によって創立された私立育英黌農業科をルーツとして、今年4月で創立127年を迎える。東京・世田谷、神奈川・厚木、北海道・オホーツクの3キャンパスを持ち、農学部、応用生物科学部、生命科学部、地域環境科学部、国際食料情報学部、生物産業学部の6学部23学科を擁する大学だ。大学院も農学と生物産業学の2研究科20専攻を設置している。

 同大学に醸造学科が誕生したのは1950年に設置された短期大学にさかのぼる。より高度な教育研究を行うため、53年には大学農学部でも醸造学科を増設し、98年には応用生物科学部醸造科学科に改組。69年目となる今年まで「醸造」という名称を冠した高等教育機関は全国でも唯一無二だった。

 髙野克己学長は「戦時中は酒づくりなどが統制されており、戦後の好景気を意識して、日本酒だけでなく味噌や醤油も含めた醸造業者の後継者育成を目的としていました」と振り返る。ワインなどは原材料に酵母を加えればアルコール発酵するが、日本酒はそうはいかない。蒸した米のデンプンを麹菌がブドウ糖に変え、このブドウ糖を酵母がアルコールに変えるという複雑な工程を必要とするため、体系的な知識と高度な技術が不可欠なのである。

「初代学科長の住江金之教授は自身が蔵元の子息だったことから、東京農大の基本理念である実学主義を通して、醸造業界を支えていく人材の育成と産業発展に寄与しようとしたのです」(髙野学長)

 その実学教育を象徴するのが「食品特別実習」だ。

東京農業大学世田谷キャンパス

東京農業大学世田谷キャンパス

醸造などの現場を体験し
社会的な能力も体得

 これは醸造学科が設置された当初から実施されてきた1カ月以上にわたる学外実習であり、在学中に全員が2回工場に寝泊まりして、醸造技術だけでなく、社会勉強も行う。これが現在の醸造科学特別実習に発展してきた。12月中旬から約2週間、卒業生が経営または勤務する全国各地の醸造・食品関連の製造工場や販売関連企業に学生が二人一組で出向き、社員と寝食をともにしながら醸造や食品加工などの実務を体験。終了時には研修先担当者が実習内容を評価する。

 それによって、学内では得られない応用力やコミュニケーション能力などの社会性を身につけるのである。2017年度は118人の学部生が、南部美人や司牡丹などの蔵元も含めた全国56の事業所で実習を行っている。

醸造科学特別実習の様子

醸造科学特別実習の様子

 東京農大がこのほど行ったアンケートによれば、酒造業界における卒業生の在職割合は50%にも達している。歴史に「もしも」は禁句だが、住江金之教授が醸造学科を創立していなければ、国酒とされる日本酒や焼酎はもとより、伝統的な調味料である味噌・醤油などの産業の衰退は今よりも早く、歴史の中に消え失せていた可能性すら感じられる。前述した世界的な日本酒ブームにしても、みすみす幻として見逃すことになったかもしれない。

酒造業界の50%に農大卒業生
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