関西大学で開発された関大メディカルポリマーが
実現する未来の医療とは?

 人体内で液体からゲル状に変わり手術後の臓器の癒着を防止する。そんな可能性を秘めた夢のような医療用材料が、関西大学が開発した「関大メディカルポリマー」だ。関西大学の化学生命工学部、システム理工学部および大阪医科大学の3者による総合的医工連携体制のもと、製品化=「人に届く」ことを目指した取り組みが着々と続けられている。

文/荒濵 一 写真/八巻典千代 デザイン/REGION 企画/dot.ADセクション

生体内で性質や形状を変える「スマートマテリアル」

関西大学医工薬連携研究センター長
化学生命工学部 教授
大矢 裕一

 ポリマーとは、繊維に使われるナイロンや、ポリ袋の材料となるポリエチレンのような、高分子量の有機化合物の総称。関西大学が開発を進める関大メディカルポリマーは、その名が示すとおり、医療用に特別に設計されたポリマーだ。「温度やpH値の変化、生体内の分子などを認識して性質や形状を変える『スマートマテリアル』と呼ばれるものが中心ですが、『関大メディカルポリマー』という単一のポリマーがあるわけではありません。我々は、温度に応答して液体からゼリー状の固体に変わるポリマーや、細胞によく接着するポリマー、骨とくっつきやすいポリマーなど、適材適所で用いられる様々な医療用ポリマーを開発しており、それらをすべてひっくるめたものを関大メディカルポリマーと呼んでいます。いろいろなメンバーがいる戦隊モノのチームをイメージしてもらうといいかもしれません」と、開発プロジェクトをリードする関西大学の大矢裕一教授は説明する。

幅広い医療分野に革新をもたらす

 では関大メディカルポリマーは、実際にどのような医療に用いられるものなのか? 期待される分野は数多いが、その一例が癒着防止材としての活用だ。現在、手術後に腹膜や臓器同士がくっついてしまう癒着を防止するためには、膜状の薄いシートが用いられている。手術の際、癒着してはいけない部分にシートを貼り付けるわけだが、患部の形に合わせて貼り付けるのが難しい、小さな開口部から内視鏡(腹腔鏡)を入れて行う内視鏡下手術では使えない、といった課題がある。
 これに対し、関大メディカルポリマーを用いた癒着防止材は、液体で、体温まで温められるとゲル状に固まるもの。しかも望んだ期間のうちに体内で分解吸収されて跡形もなく消え去るという特長を持つ。ポリマーを塗布・噴霧できるので体内のどのような形状にもフィットするし、ノズルから吐出することで内視鏡下での手術にも対応する。
 軟骨を再生するためのポリマーの開発も進められている。軟骨はすり減ると自己修復しない。ただし、すり減った部分に何らかの「足場」を置いて、その上で軟骨の細胞が増えるようにすれば再生が可能と言われている。
 この「足場」をポリマーでつくるわけだが、細胞と親和性が高いゲル状のポリマーの内部に細胞を3次元で配置させ、その上で軟骨細胞を培養し、再生を促す。このポリマーは簡単に患部に注入できるので、手術をする、人工関節を入れるといった患者の負担も回避できる。

"3つのM"による総合的医工連携で研究開発を推進

 大矢教授らは、この関大メディカルポリマーの研究開発を、「KU-SMART PROJECT」(Kansai University Smart Materials for Advanced and Reliable Therapeutics Project:正式名称「『人に届く』関大メディカルポリマーによる未来医療の創出」)として推進。同プロジェクトは2016年度文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」にも選定されている。
 「KU-SMART PROJECT」の特徴は、大矢教授の所属する化学生命工学部だけでなく、同大学のシステム理工学部および大阪医科大学との「総合的医工連携」で行っていることだ。その狙いを、大矢教授は次のように語る。
 「実は私は、この『KU-SMART PROJECT』の前に、同じく文部科学省選定の『戦略的研究基盤形成支援事業』で5年間、高分子化学の医療応用を目指した材料化学者が中心のプロジェクトを行っていました。そこでもさまざまな実績をあげることができたのですが、最終製品の開発までには至りませんでした。
 研究成果を製品化して世に送り出すには、メディカルポリマーを設計・合成する我々材料化学者(Material Chemists)と、そのシステム化・デバイス化を実現する機械工学者(Mechanical Engineers)が連携し、さらに現場の臨床医(Medical Doctors)からのニーズを汲み取り,臨床医が検証しながら研究開発を行うことが必要。そこでシステム理工学部の先生や大阪医科大学の先生にも入ってもらい、"3つのM(Materials, Mechanics, Medicine)"で連携してプロジェクトを進めていくことにしたのです」
 "3つのM"の連携を実現するために、定期的に合同で研究報告会を開催。その他にも、研究についてざっくばらんに話せる会合を開いたり、個々の研究者同士でミーティングや打ち合わせをしてもらったりと、情報交換の機会を頻繁に設けている。
 「例えば、我々材料化学者が自分の研究しているポリマーを製品の形にしたいと考えた時に、機械工学の研究者から見たら『それはこうすれば実現できるんじゃないか?』という点はたくさんあると思います。コンピュータを活用したシミュレーションで結果を予測できるとか、こういう機械でこういう細かな加工ができるとか。そうしたことに気づけるチャンスをなるべく増やせるようにしています。
 医工連携を進めている大学はたくさんありますが、なかなかうまくいかないケースが多い。それは、研究者各自がどうしても自分の得意分野に固執してしまうから。『研究として面白い』のと、『本当にニーズがあるのか』『ニーズがあっても医療経済的に商品として成り立つのか』は全く別の話。独りよがりにならずに、きちんと製品として世に出して社会に貢献するにはどうしたらいいか、という視点からプロジェクトを進めていきたいですね」

「人に届く」医療器材を生み出すのが目標

 「KU-SMART PROJECT」が目指すのは、すでに出てきた大矢教授の言葉からもわかるとおり、関大メディカルポリマーを用いた、「人(患者と臨床医)に届く」新しい医療器材を生み出すことだ。特に実現したいのは、今ある医療器材よりも"安く、簡単で、患者にとっての負担の少ない"医療器材だと大矢教授は語る。
「例えば、先ほどお話ししたポリマーを使った癒着防止材を使えば、従来、開腹手術をしていたところを、内視鏡下で患者さんの負担が少ない手術ができます。また、"安く""簡単"を実現できれば、日本だけにとどまらず、発展途上国など医者が充分いないところでも必要な診断や治療が受けられるようにもなる。『人に届く』には、そのような意味も含めているのです」

 現在、日本では、医療器材のほとんどを輸入に頼っていることが医療費を押し上げる要因にもなっている。Made in Japanの優れた医療器材を生み出せれば、医療費を抑制し、国を潤すことにも貢献可能だ。また、医療における"モノづくりの重要性"を、国内外に改めて発信することは技術立国日本の面目躍如にもつながる。
 「私自身、こういう応用的な側面の強い研究分野にいながら、実際に人に使ってもらうモノを生み出せないのでは残念。自分の携わったものを製品にして、多くの人の健康や幸せに役立てたいですね」。大矢教授はこう決意を語る。
 関大メディカルポリマーのような画期的な医療器材の研究開発は、今後、医療分野で世の中に貢献していくことを目指す学生にとっても大きな刺激を与えることだろう。
 「関西大学には医学部はありませんが、医学者だけが医療を支えているわけではないし、医学部に行かなくても医療分野での貢献の道があるということを、若い人にはぜひ知ってほしい。医工連携で多様な分野の研究者とつながりながら境界領域で学べる点にも、座学だけの研究とはひと味もふた味も違う面白さを感じられると思います」

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提供:関西大学