『徳川家康の最新研究――伝説化された「天下人」の虚像をはぎ取る』
朝日新書より発売中

 今年二〇二三年NHK大河ドラマどうする家康」は、久しぶりに徳川家康を主人公にしたドラマである。家康が主人公になったのは、一九八三年に「徳川家康」が放映されてから四〇年ぶりのことになる。「徳川家康」は、歴史小説の大作であった山岡荘八『徳川家康』を原作としたものであった。それは江戸時代前期に成立した家康の回想録ともいえる『三河物語』の内容をもとにしたもので、同史料以来大河ドラマ放送時までに形作られてきた家康像にもとづくものであった。

 しかし現在の家康像は、それとは大きく異なるものになっている。大河ドラマ「徳川家康」以降、もっと具体的には二〇〇〇年代に入ってから、家康についての研究は本格的に推進されるようになり、次々と新しい事実が確認され、それにともなって新たな理解が生まれるようになっている。ここでいう本格的な研究とは、同時代の史料、もしくは後代成立ながらも信頼性の高い史料をもとに、具体的な事実を解明し、周囲の政治勢力との関係性を踏まえながら、その行動を評価していく、というものになる。しかも現段階はまだ、その途上にある。まだまだ解明が進んでいない領域は、多く残されているのが現状である。

 本書『徳川家康の最新研究』は、そのように研究の進展がみられ、かつての通説が次々に塗り替えられている状況をうけて、そうした最新の家康像を紹介しようというものになる。取り上げた内容は、家康の少年期から、慶長八年(一六〇三)の征夷大将軍任官による徳川政権(江戸幕府)誕生までの政治動向を中心にしたものになる。家康の生涯全体ないし家康の全容という観点からすれば、その他にも、戦国大名・豊臣大名段階での領国統治や家臣団統制の内容、江戸幕府誕生後の全国支配や対外関係、さらには羽柴(豊臣)家を滅亡させた大坂の陣など、取り上げなければならない問題は多く残されている。

 本書が将軍任官までの政治動向を中心にしたのは、ひとえに紙幅の都合による。もう一つ理由をあげれば、それらの問題については、まだ十分には追究されている状態にはなく、まさに今後の研究の進展に委ねられているからである。中途半端な状態でまとめても、今後の課題を示すにとどまってしまう。それよりもおおよそ十分に解明されている領域について、現段階での到達点を示したほうが、最新研究の成果をよく把握できるであろうし、かつての通説との違いもよく認識できると考えて、取り上げる内容を将軍任官までとした。

 家康は、三河国の一つの国衆の立場から出発した。そこでは戦国大名今川家に従属していた。その後、今川家から離叛して、独立した戦国大名になり、三河・遠江二ヶ国を経略したが、同盟関係にあった織田信長に、次第に従属する関係になり、最後は「織田一門大名」になった。織田政権の内乱では、羽柴(豊臣)秀吉と対立し、結果として、秀吉が成立させた羽柴(豊臣)政権に従属し、羽柴家の親類大名となった。いわば家康は、将軍任官まで、基本的には他者に従属する立場にあり続けていたのである。本書が取り上げているのは、そのように家康が他者に従属していた時期ということになる。

 そのなかにあって家康は、幾度も滅亡の危機にさらされていた。家康の生涯は、決して右肩上がりに成長していくような、順調なものではなかった。家康はそのような危機を乗り越えていくのであるが、それは考えられないような強運によっていた。家康はどうして生き延びることができたのか、と問えば、それは想像もつかないほどの強運によった、としか表現の仕様がないほどである。本書をまとめてみて、そのことを何よりも強く認識させられたといって過言ではない。家康には、どのような存亡の危機があり、それをどう乗り切っていたのか、具体的な内容についてはぜひ本書を読んでいただきたい。