『スマホはどこまで脳を壊すか』
朝日新書より発売中

 2060年、この年には、1981~96年に生まれた「デジタルネイティブ」の世代が65歳以上人口の多数を占めるようになります。果たして世界はどうなっているでしょうか。このまま対策を講じなければ、インターネットを日常的に使用する「オンライン習慣」によって、「ものを考えられない」「何かに集中することができない」「コミュニケーションがとれない」、そんな人たちであふれかえってしまうのではないかと、危機感を覚えています。

 私たちのおでこの裏側には「前頭前野」という脳の領域があります。前頭前野は、ものを考えたり、理解したり、覚えたりといった、私たちが知的な活動をする上で必要な「認知機能」を支えています。さらに、感情をコントロールしたり、他人の気持ちを推し量ったりするなど、私たちが社会生活を営む上で必要なコミュニケーションに関わる機能も支えています。前頭前野の成長期にあたる10代の子どもたちにとって、勉強や仲間たちとの豊かなコミュニケーションを通して、前頭前野を鍛えて発達させていくことが重要であるといえます。また、前頭前野がある程度発達した後の大人たちも、仕事や日常生活の中で意識的に使うことで認知機能を維持していくことが必要となってきます。

 私が所属する東北大学加齢医学研究所で行われた研究の結果、インターネットをたくさん使っている子どもたちほど学力が低く、脳の幅広い領域で発達に悪影響が見られました。また、スマホで調べものをしても前頭前野は活動せず、調べた内容が記憶に残らないことも明らかになりました。スマホ等の長時間使用が習慣になることで、前頭前野の認知機能に関わる機能が正しく使われない状態が続いてしまうことになります。

 人と人とが対面で会話をしているとき、複数の人たちの脳活動のリズムが揃う「同期現象」が起こることが最近の研究でわかってきました。脳活動の同期は、誰かと協力して共同作業をしているときや、互いに興味のある話題について話しているときなどに見られ、共感や共鳴といった「誰かとつながっている」ような感覚と関係していると考えられます。一方で、コロナ禍をきっかけに急速に普及した、インターネットを介したオンライン会話では脳が同期せず、「心と心がつながらない」「コミュニケーションにならない」「ボーッとしている状態と変わらない」ということがわかりました。オンライン・コミュニケーションが習慣になることで、前頭前野のコミュニケーションに関わる機能が正しく使われない状態が続いてしまうことになります。

 このように、オンライン習慣というのは、私たちが生きる上で大切な機能がたくさんつまっている前頭前野を、とにかく使わせない生活習慣ということができます。脳は使わないとダメになります。例えば、画面上での文字入力が増えて紙に文字を書く習慣がなくなれば、漢字の書き方を忘れてしまいます。オンライン習慣によって脳をサボらせ続けてしまうと、脳は使わない機能を必要のないアプリのようにアンインストールしていってしまうのです。脳が最も発達する幼少期から、脳を使って機能を維持していくべき成人期までを通して、オンライン習慣を続けてきた人たちが65歳を迎えたとき、認知症になってしまう可能性が高くなるという最悪の未来まで見えてきています。

 そんなリスクだらけのオンライン習慣と、21世紀を生きる私たちはどのように付き合っていけばいいのでしょうか? 考え方は至って単純です。オンライン習慣のリスクを遠ざけたいなら、インターネットを使わなければいいわけです。とはいえ、口で言うのは簡単ですが、実行に移すのは難しいものです。偉そうなことを言うからには、まずは自分がやって見せなくては説得力がありません。そこで私は自分を実験台にして、脱オンライン習慣が本当に可能なのか、実験をしてみることにしました。

 実験期間は2週間。1週目は普段通りの生活を送り、自分が1日の中でインターネットをいつ、何のために、どのくらい使っているのかを把握するところから始めました。2週目は脱オンライン生活として、保有しているスマホとタブレットの電源を切り、クローゼットの奥へと封印しました。実際に脱オンライン生活を体験してみるとたくさんの気づきがありました。本書では、私の実体験も踏まえて、脱オンライン習慣の取り入れ方を提案しています。

 みなさんはオンライン習慣が持つリスクをどのように受け止めますか? 将来に備えて、自身の生活を省みて今日から行動を改めるかどうか、すべてはあなた次第です。本書で言及している「最悪の未来」が現実のものとなることがないように、私がいままで、そしてこれから行う研究の成果を少しでも役に立てていただけたら幸いです。